巻末に収められている著者自身による自作解説が興味深い。著者は、執筆当時は「考えることから楽しむことへと価値観が変化する」時期で、当時としてもいかにもアナクロな主人公たちのドラマを作るのがしんどかったと述べているのだ。
この述懐は、このマンガをリアルタイムで楽しんでいた私にはよくわかる。当時、つまり80年代前半は、それまでの男中心の価値観が総崩れし、主役の座を女と子どもに鮮やかに委ねてしまった時期だったからだ。これは、男の自立のドラマが作れなくなったことを意味していた。事実、主人公・義男がいつまでも「男の子」のままでいるのに対し、その恋人・加奈子はまるで時代の波に乗ったかのように、強くたくましく自立の道を進んでいった。そして、あろうことか、このマンガは義男がついに自立できないまま幕を閉じる。彼が仲間たちと始めた事業は、周りの女たちから「男の遊園地作り」にすぎないとバッサリ切られたまま、強引に終わってしまったのだから。
あの当時、無数にいた「義男たち」はその後、新しい自立のドラマを作ることができたのだろうか、それとも、いまだに未完の青春をさまよっているのだろうか。おそらく、それを問うことこそが、今ではすっかり古びてしまったこのマンガを改めて読み返す今日的な意義じゃなかろうか。