いつもは文庫本になるまでまず買わんのに、発売直後タイトルに思わず飛び付いてこうたんじゃ。
うちゃ岡山に生まれ育って35年経つんじゃけど、「最近「ぼっけえ」ゆうて使わんようになったなあ。」と思いつつ読み始めたんじゃ。
文章から臭うてくるかび臭せえ、生臭せえ臭い、血のあけえ色と闇のくれえ色が読後も目の前を覆い続けたんじゃ。
ラストは、そがあに衝撃的なもんじゃねかったけど、ラストに辿りつくまでのおどろおどろしい道程は、なごう感じられたよ。
どんどんその世界に引き込まれ、はよう先を見てえと思うんじゃけど、粘々した泥みてえな文章に足を取られるようじゃった。
「キツイ・キタナイ・キモチワルイ」というんが他県の方の岡山弁の印象じゃゆうて聞いたことがあるんじゃけど「ほんまにその通りじゃ。」と思うたんじゃ。
岡山弁がこの作品を引きたてたんか、この作品が岡山弁を引きたてたんか?
遊女の語りという文体で書かれとったことが、ぼっけえ効果的じゃった思うたよ。
岡山弁と岩井さんの描くきょうてえ世界に浸るんが心地ようさえ思える作品じゃった。
まあ、いっぺん読んでみねえ。