この本単独なら、星3つは少し辛いかもしれません。先入観なしに読めばソレナリに楽しめます。
この作者らしい細かな描き込みが作品導入部分には見られて、設定そのものは悪くありません。しかしながら、ユニコンやオメガ
シリーズ以外は殆どのこの作者の作品を読んでいる者としては、竜頭蛇尾・設定の使い回し、悪く言えば『手抜きでヤッツケた一冊』
という印象が拭えません。惜しい作品、という感じです。
まず、タイムスリップモノとしては、TVドラマ化までされた『神はサイコロを振らない』の既視感がアリアリ。中学校の音楽部
が江戸時代にタイムワープして、というのは、鹿児島県の小学校音楽教諭の子息である筆者の体験がよく活かされていて、九州の
江戸初期の風俗風習も上手く絡めて、なかなか『読ませて』くれます。サヴァイヴァル物としても、一時、筆者がハマって盛んに
ブログやメルマガで喧伝していた、ディスカバリーチャンネルの『ベア・グリルス』シリーズの翻案と思える部分があって、ニヤリ
とさせられる部分もあります。
ただし、タイムスリップ物によくある『因果律』というか、江戸初期に『飛ばされて』しまった中学生一同を(現代で)迎えたのが
実はその子孫だった、というのは良しとしても、予めあまりにも周到な、『タイムスリップ者受け入れ準備』がされていること辺り
は些か興醒めな部分があります。中学校生徒たちが一致団結して困難な状況に立ち向かうのも良いのですが、後半部分ではトリック
がほぼ判った時点以降は、一気に島の管理人兼医師の回想録として語られてバタバタと畳まれてしまい、どうしても竜頭蛇尾の感が
拭えません。せめて、生徒達が大人になって九州本土に再上陸し、比狩留家村を苦労して建設、また、島原の乱に参加したという
(天草)四朗のその後と、それをサポートしたという陸自出身のボランティアの活躍まで描き切っていれば、もう1冊程度の上下
2巻くらいのボリウムにはなったと思いますが、タイムスリップ者の『姉御』が老婆になった辺りの回想録で締めくくるくらいの
構成になっていれば、発表時期から言っても再ドラマ化の可能性もありえたかもしれません。
このあと発表された、『女神のための円舞曲(ミューズのためのワルツ)』では、音楽的な素養が上手く前面に出て、ミステリと
してもヒューマンドラマとしても、完全燃焼した完成度の高いものになっているだけに、この作品は、設定素材は上手いだけに
不完全燃焼に見えて残念です。
あと多少気になったのは、早く本土上陸を、と焦るメンバーを諌める言葉として『この時代は、天然痘や風土病、“ハンセン病”
なんかの伝染病がウヨウヨしてるから危険』という文言。天然痘はこの後、バイオテロ作品のネタにもなっているし、風土病云々も
鹿児島県の離島生活を経験している筆者ならではの発想とは思いますが、ハンセン病を差別的に観ていると捉えられかねないのは
少々頂けない気がします。
感染力が非常に弱く、現代人の栄養状態や体力からすれば、ハンセン病ならそう簡単には感染発症しないはず。最初目にしたときは
ギョっとしました。筆者の少年時代には、地元には、そういう差別意識が未だ残っていたのかもしれませんが、2005年初版(単行本)
の作品としてはいただけません。ブログやメルマガでは、嫌韓意識を積極的にカミングアウトしている筆者からすれば、気になら
ないのかもしれませんが。
(でも、『神はサイコロを振らない』は、韓国語版が発表されたようです。日本嫌いのトム・クランシーが日本でもヒットした
ように、作家は描きたいものを描きたいように書けば良く、結果は読者が決めることで『作家は作品が全て』という筆者ならでは
という気もします)
こちらは巻末まで渾身の1冊。お勧めできます。
女神(ミューズ)のための円舞曲(ワルツ)