前巻の2人が自己犠牲のもとにある程度の「満足」をともなって死んでいったのに対して、この巻の主役であるカコとチズは自らの欲望(というよりも怨嗟)を果たすためにジアースに乗る。
とくにチズのエピソードをどう受け取ったらよいものやら……。「ぼくらの」に出てくる子どもたちは、理由はよくわからないが、とにかく地球のために戦わなければならない。はっきりいって自分たちはコマに過ぎないことも承知している。それでも、自分たちが生きてきた意味を見つけようとしている。ただ、死ぬだけのために。
チズの行動は確かに暴走だが、そんな重すぎるものを背負わされてしまった彼女を、止める権利が大人にあるのだろうか?散々身勝手な大人たちに弄ばれて、最後は地球のためにコマとなって死ななければならない。チズを止めようとする大人たちも、チズを陵辱した大人たちと本質的には変わらない。止めたところでどうするのか?代わりにジアースを操縦するパイロットが必要になるだけである。マジメに戦えと言っても、それは「死ね」と言っているに等しい。チズがやっていることは当然正しいことではないが、だからといって彼女に語りかけるべき言葉を、われわれ大人は持ち得ないのだ。このことが、計り知れない憂鬱となって、読んでいる自分に降りかかってきた。
そして、チズの「生」のラストへ捧げられるあまりに残酷な事実。彼女はどんな答えを出すのだろうか。