論者は山田風太郎を最年長として、おおむね団塊もしくはポスト団塊と言われる人々である。1995年の村山内閣による「不戦決議」という出来事を挿んで、これらの論者たちが「大東亜戦争」もしくは「太平洋戦争」もしくは「15年戦争」について語るというもの(この呼称自体がひとつの問題系をなすことは本書所収の松本健一の議論に詳しい)。玉石混淆の観がなきにしもあらずだが、山田風太郎の「戦中派の考える侵略発言」、佐藤貴彦の「太平洋戦争問題発言は封じられた正論である」、そして副島隆彦の「総ねじれの日本国内言論」は出色の論考と評価できる。とりわけ故・山田風太郎の言説は、戦中に生きた人間の真率な発言として傾聴に値する。星ひとつ減であるのは、「日本悪玉論」を無前提の金科玉条とする論説も見受けられることによるが、それとても今日の戦争観を如実に反映するもののひとつして収録に値するのかも知れない。左派か右派かという不毛な議論を乗り越えて、「あの戦争」を語ることの意味を問うた労作である。また巻末に収録された宮崎哲弥と小浜逸郎の対談は読み応えがある。この種の対談にありがちな安易な妥協を排して、双方ともに互いの立場を鮮明にしたうえで相互の違いをとことん究明しようとする態度は敬服に値する。それにしても宮崎氏のタフなこと。