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『ぼくは日本兵だった J・B・ハリス』という署名と著者名、更に“白人顔”に日本兵の軍服という写真の表紙が一体となって、テーマをストレートに訴えかけてくる粋な装丁のとおり、これは、ラジオの英語講座で有名な日本人、ハリス先生の、分かりやすくも壮絶な自伝である。だが、読み終わって驚いたのが、その中でハリス氏が一番に伝えたかったのが「自分のアイデンティティーである英語が使えなかった時代があったのを知ってほしい」であったことだ。
そこで当時30歳前後にもなっていた私はハッとした。「使いたい言語を使って良いのだ」と。
ハリス氏の時代ほど深刻ではないにしろ、今でも、異なる言語の中で育ってしまったハーフ(ダブルとも言う)や帰国子女が、「片方の言語を忘れるから/覚えないから」「きどっていると思われるから」と、“外国語”の使用を控えるように言われてしまう。至極もっともな論理である。でも、言われる方は、「そんなもんかなあ」と思いつつ、妙に自分で納得いかないのがなぜなのか分からないまま、悶々とした日々を過ごすハメになる。
でも、良いんだ。しゃべったって。ちょっと場所をわきまえる必要はあるけれど、自分の言葉だもん。もう読めなくなってしまった虎がバターになる絵本、素直に歌えなくなってしまった「細石の巌となりて」……そういうものを目にするたびに、少し次元は違うように思えるかもしれないけれど、どうしても、この本を思い出してしまう。そして、人になんと言われようと、理屈では説明できないけれど、自然に好きなものは好きと、心の中でそっと抱きしめるのである。
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