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12 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ごく普通の人へのあたたかいまなざし……,
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レビュー対象商品: ぼくはこう生きている 君はどうか (単行本)
重松清氏は「きよしこ」に代表されるように、
世間では「弱者」扱いされてしまう人たちに対して、 常にあたたかい視線を向けてきた。 「あしたのジョー」になれたら、かっこいいよな…… だけどみんな、「マンモス西」のように平凡に生きるようになる。 でも……それでいいじゃないか。 あるエッセイで、そういうことを書いていた。 この考えが重松氏の作品の多くに流れている。 目線が低いのだ。 鶴見俊輔氏にも、同じことが言える。 字も大きく、150ページほどの対談集だから、あっという間に読める。 けれども、この充実した読後感! まさにタイトル通り、鶴見氏は「ぼくはこう思う、君はどう?」 と小説家に語りかける。決して上から目線ではない。 「ぼくもよくわからないんだ……」といった迷いや戸惑いも、 そのまま吐露される。 重松氏も真剣に考え、答え、悩む。 重苦しくないが軽くもない。 心に響く一冊である。 世の中のこと、人生……いろんなコトに悩んだときの、 ダイレクトな答えではなく、なんというか……解決へのヒントのようなものがあるのだ。
9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
生きて行く時の物差しとは,
By くぅ (京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: ぼくはこう生きている 君はどうか (単行本)
鶴見俊輔氏と重松清氏の対話。
4章に分かれた対話の全編を貫いているのは、 やはり最初の教育の話かなと思います。 日本の教育は、戦後の偏差値教育とか、 ゆとり教育とかいう短いスパンではなく、 既に日露戦争の終わった1905年からの問題だという、鶴見氏。 1905年までに教育を受けた人というのは、 その多くは明治以前に生まれた人達です。 明治以前とそれ以降、二つの世界を生きた人達に宿るもの。 時が経つにつれてそれは消えて行き、 「予算を増やして、ノーベル賞受賞者を30人増やします」 という発想にたどり着く様を、 鶴見氏は教育が”箱モノ”になったと評します。 教育が「箱」で覆われていなかった頃の、 人の生き方、共同体のあり方。 両親のこと、姉のこと、友人のこと、戦争中のこと。 その中で、 「自分はこういう風に生きている」 「きみはどうか」 と問いかける鶴見氏の態度に飾る様子はありません。 お二人の対談は軽妙で、引き込まれます。 でも、決して軽いわけではありません。 僕はどう生きて来て、そしてこれからどう生きて行くか、 その返事を考えて生きようと思います。
13 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
鶴見さんの一言一言が深くて重い,
By OKETA (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: ぼくはこう生きている 君はどうか (単行本)
なにかに迷っている時に立ち返るために読むとしたらこの本だろう。
鶴見俊輔さんの一言が重く深い。 ウィトゲンシュタインが師であるラッセルの理論をひっくり返したエピソード、ヘレン・ケラーに会ったときに聞いた話、祖父である後藤新平の話、そして、姉である鶴見和子の最後の言葉、短い、なにげないエピソードだが、どれをとっても、「ぼくはこう生きている。きみはどうか」と問うているようにこちらに突き刺さってくる。 “一番病”を患う現代社会の住民である我々に、「一番である必要があるのか」と問うてくる。 1905年以降、日本の教育はダメになっている。これ以降、「本当の教育」は終わっていると。 ノーベル賞をとるために予算をつけるのは「箱モノ行政」に過ぎないと喝破する。 蓮舫が事業仕分けで言い放った名言「なぜ二番ではダメなのですか」を思い起こす。 ゲマインシャフト、路地、斜めの関係など、現代社会が失っているものを、取り返すことは、いま、政権が代わり、少しずつ行われているように思う。
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