『立花隆のすべて』という本がありますが,この本は,メイキング・オブ・立花隆!
前半部分で語られる読書遍歴は,そのまま,立花隆の業績を生み出した知的営為の有り様を示してくれています。
立花隆のノンフィクション作品群の土壌にいかなるフィクションとの出会いがあったのか。 清水幾太郎,寺山修司,宮崎駿との関係や如何。
若い頃に教会で育まれたキリスト教・宗教問題への深い理解。
ロッキード裁判を巡る論争に際しては「法律の専門書を本棚で十五段分くらいみっちりと」読んだとのことですが,注解書,論文集,判例集,実務書と読んでいって,仕上げに,「法曹向けの雑誌で知識をアップツーデイトにしておく」ところまでやった上で専門家と「対等の議論」をしたという解説を読んで,自然科学,人文科学,社会科学といったジャンル分けにとらわれずに,まさに知識を自己の血肉とする術を身に付けている人だということに深く納得します。
それより何より,彼の知的好奇心の源泉には,世界のありよう,宇宙のありよう,そして人間のありように対する素人的興味関心が充ち満ちていることを,あらためて確認することの出来る一冊です(とくに,『アメリカ性革命報告』の資料を躊躇いがちに,しかし嬉しそうに紹介する下り(161頁前後)などは,氏の人間味を感じさせてくれます)。
後半の書評も,前二作同様,読み応え在り,です。