「べてるの家」が全国的な注目を浴びたひとつのきっかけは、地元特産の昆布を売る会社をみずからの手で起こしたことだった。しかし本書によれば、その目的は「苦労を取り戻す」ためだったという。「利益のないところを大切に」「安心してサボれる会社づくり」などのユニークなモットーは、一般的な企業の発想とは正反対の右肩下がりのものばかり。こうした理念が生まれた背景には、心の病という現実から逃げずに向き合った一人ひとりの人生との格闘、および「三度のメシよりミーティング」を行うお互いの関係づくりの歴史があった。
本書には、幻覚や妄想をメンバーが競って発表しあう場面など思わず笑いを誘われるエピソードが満載され、全体にユーモラスなトーンが貫かれている。しかしそれは、「べてるの家」の存在が、近代的な昇っていく生き方に対する無言の批評となっていることをも意味している。医療・福祉関係者はもちろんながら、むしろ正常という病に侵されているふつうの人々にこそ読んでほしい1冊だ。(松田尚之)
登録情報
|
|
あなたの意見や感想を教えてください:
|
||||||||||||||||||||||
|
最も参考になったカスタマーレビュー
72 人中、70人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「言葉」と「つながり」の大切さ,
By はるharu (岡山県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく) (単行本)
この本を読む以前にみすず書房の「悩む力 べてるの家の人びと」を読んで、とても感動し、「べてるの家」に非常に興味をもつようになって、この本を読みはじめたのだが、この本には実際にべてると25年間にわたって関わりつづけたソーシャルワーカーの向谷地さん自身の言葉や、病気を抱える当事者たちの体験談などがのっていて、読み終わったあとは、私にとって「べてる」がますます身近な存在として、感じられるようになった。精神障害で人の何十倍もの苦労をして、傷つき、自分の中に閉じこもってしまった人々が、べてると出会って、人とのつながりを通じて、徐々に言葉を取り戻していく光景は、とても感動的だ。 幻聴や妄想に関しても、孤独で将来に希望の無い中で聴く幻聴は、嫌なことばかり言って来るのに、仲間が増えて人とのコミュニケーションが豊かになってくると、幻聴にも愛嬌が出てきて、「幻聴さん」という楽しい話し相手に変わってくる、というエピソードは、とても不思議だけど納得できるような気がする。 また、この本は、べてるに暮らす人々のとても素敵な笑顔の写真や、日々の生活をユニークに再現した楽しいイラストで飾られてあって、とても親しみがもてる。 私自身、自分のうつ病と15年間つきあってきたが、この本を読んで、もう一度、「今の自分でいいんだよ」と肯定してもらったような気がする。自分の経験を「忘れたい過去」としてではなく、自分をより豊かにしてくれる「財産」として受け止めていこうと思うようになった。
38 人中、36人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
歌って踊れる患者になる。,
By
レビュー対象商品: べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく) (単行本)
私は、精神的な障害について特段の思い入れがあるワケではないけれど、この本は本当に面白かった。本が面白いというよりも、きっと「べてるの家」そのものが痛快なのだ。北海道の襟裳岬の手前に浦河という町がある。その町に大きな病院があり、その病院の精神科に入退院を繰り返す「患者」たちが浦河の町の中に作業所を作って、金儲けを企む。病気は治さないと宣言する医者、精神科に出入り禁止になったソーシャルワーカー。妄想や幻聴を「個性」としてみんなで共有し、「妄想・幻聴大会」を開いて、町の名物行事にする「べてるの家」に集う人たち。警察、救急車は日常茶飯事。だけど何ともならないから、みんなで地域の人に謝って回る。「病気を活かして地域の役に立つ」ために、地場産品の日高昆布の袋詰め作業をする。みんな、朝にならないとその日の体調が分からない。「問題を解決しない」「苦労にも善し悪しがある」「管理も配慮もない」「公私混同」など無数のキーワードが生まれてくる。一人でできる仕事をみんなで分担することで、「いつでもサボれる会社」が運営できる。我々が「常識」だと思わされてきたことが、いとも簡単にくつがえされ、「非常識」なルールが彼らの「生活」と「苦労」を生みだしている。入院やクスリによって奪われた「生きる苦労」を取り戻す取り組みだという主張が、実感を込めて伝わってくる。ところで近眼の人は、メガネを掛けていなくても幻覚が見えるのだろうか。答えはこの本の中にある。毎年開かれる「妄想・幻覚大会」には、ぜひ一度行ってみたい。
24 人中、22人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「援助論」のコペルニクス的展開です。,
By
レビュー対象商品: べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章 (シリーズ・ケアをひらく) (単行本)
ヒューマンサービス及び対人援助を生業にしている専門家の方々には必読の書です。具体的な方法論という視点でも、更に方法論のバックグラウンドとなる「人間」という対象への洞察という視点でも、多くの発見を得ることが出来る充実した内容です。 援助やケアに関する様々な理論があらゆるフィールドで展開されていますが、それが「援助側」という枠組みの中で構造化されたものであるというパラドックスに改めて気づかされると同時に、「当事者」と「援助者」の新しい関係性について考えさせられました。 本当に血の通った、生きた言葉が踊る、文字を通して人間の臭いが伝わる「良書」です。
あなたの意見や感想を教えてください: 自分のレビューを作成する
|
最近のカスタマーレビュー |
|
|