八代目桂文楽については、安藤鶴夫さんの『落語鑑賞』を初めとして多くの評論家によって書かれているが、ほとんどは「名人文楽」に関する論評である。古今亭志ん生に関しては本人の『びんぼう自慢』『なめくじ艦隊』そして結城昌治作『志ん生一代』など、美濃部孝蔵という人物についてエピソードを交えた豊富な情報がある。しかし、人間並河益義の実体に迫るには、聞き書きによる『あばらかべっそん』など数少ない情報しかなかった。本書は生身の名人文楽をかいま見るには、まさに「ニン」と思われる愛弟子小満ん師匠によって書かれた、落語愛好家にとって貴重な書といえる。有名な最後の高座にまつわる詳細なドキュメントや、義太夫にはまった文楽本人が、さながら『寝床』の旦那のようであったという微笑ましいはなし、ハンカチ一枚の洗い方に「お前の料簡が出てますよ」と短く的確に叱る指導の姿など貴重な歴史がちりばめられている。全編を通じて、小満ん師匠の文楽への畏怖といたわりが伝わり、心を温かくさせてくれる好著。