「確かにこの圧倒的な力は信長公や殿下に匹敵す……されど何か……何かが先の二人とは異なる……」
↑の台詞は織部による家康評。
直江状に書かれたがごとき世にするくらいならと家康に与する織部。とはいえ徳川が仕切る世の数寄の一切を任すと約束されても、彼には拭い切れない不安がある模様。
まぁねぇ、石田三成は数寄を解さない無粋者だけど、その無粋さを(欠点と自覚しつつ)取り繕わない正直さがある一方で、家康は表向き数寄に理解を示し諸将に度量の広さも示しながら、本心では数寄など不要、自分に味方する諸将も新しい世には不要、できれば今度の戦で滅んでほしいなどと考えるくらいだし。
「へうげもの」でこれまで描かれた傑物たちは信長にしろ秀吉にしろ、また利休にしろ、内側に清濁や明暗といった矛盾する要素を抱えた、その意味では単純に善人/悪人の基準で割り切れない人たちだったけれど、泰平の世を目指す徳川家康は、明智光秀の忠言を受けるまでは本来むしろストレートに「正義の人」だったはず。彼が手段としての腹黒さを身に着けたのはひとえに努力の賜物なんでしょう。その甲斐あってか今やその腹黒さは、立派に「第二の本性」とも呼べるレベルになっています。
「この涙が……真の涙であってくれ……人たらしがための腹黒きものではなく」
と家康自身、表層の演技と深層の本心の区別がつきかねるほどに。
関が原を目前に世の情勢にうっすらと暗さの増す14服ですが、それはどうやら数寄の世においても同じようです。暗くならずに字義通りの「茶」色から鮮やかな緑に変わるのはお茶くらい。
やっぱり緑にこだわってんだな…。