「モーニング」誌上で2011年14号から21号まで連載された作品の単行本。
連載を読んでいなかったので、「ふらり」というタイトル、商品の説明にある「隠居した男が歩く、歩く。江戸の町を。目的もなく、ただただ、ふらり、ゆらりと」という文章から、久住昌之原作で著者作画の「散歩もの」の江戸時代版みたいな作品なのかな、と思い読み始めた。
毎日江戸の町をぶらぶらと散歩する、50歳くらいとおぼしき隠居生活の男。散歩しながらいつも歩数を数えている。同じ道を通ったときも歩数を数え、同じ歩数になっては喜び、違ったときにはちょっぴり悔しがる。若い妻あり。天文学の知識あり。
そして彼は、自分の近くに居る(ある)、例えばそれが鳥であれば鳥の目を借りて上空からの視点で街を見ることができ、古木であれば古木の眼?を借りて古木がその場所でじっと見てきたであろう風景を見ることができ、蟻であれば蟻の視点を借りて地面からの視点でものを見ることができるという、なんとも羨ましく不思議な能力を持っている。
たしかに日常の散歩で起きるちょっとした出来事が描かれているという点で「散歩もの」と似ているが、設定はもっと凝っている。
それより何より、この隠居の男の素性が気になってしまう。
物語が進むにしたがい、この作品が、教科書でも取り上げられている歴史上の人物とその業績に想を得て描かれたということがわかる(ただ、作品中でその名前は最後まで出てこない)のだが、業績そのものではなく、その手段「歩数を数える」ことを中心に据えて物語を創作したことが谷口ジローらしいと思う。
「劇画(本人は劇画を書いているつもりはないと発言していたが)」を離れてからの原作付きではない谷口ジローのオリジナル作は、なにげない日常や、日常に起こったちょっとした出来事を描いたものが多く、物語性を持つ作品はあまりなかった。例えば最近作の「センセイの鞄」も「シートン」も物語性を持つ作品だがこれらはあくまで原作物と翻案物だった。
久し振りに物語性のあるオリジナル作を読むことができた。
そして、丁寧に描かれた絵の素晴らしさもいつもどおりだが、この作品は特に、様々な生物の視点で描かれた画面、ちょっとした風景(背景)の構図が実にいい。その風景(背景)の一コマが一枚の絵になりそうな素晴らしさだ。