著者の人物観が偏っているかもしれない事を、我々は広岡達朗について森'晶やB・バレンタイン、そして江夏豊の立場から語った本を読めば知る事ができる。その危惧、というか疑問は、この著者の辻静雄に関する作品についても同様だ。しかし分野を問わず本質を原理的に追求するプロフェッショナルを愛し、通俗的な虚飾(現実には著者が称揚する人物たちもその側面を備えているのは勿論だが)を排する一貫した態度と端正な文体がこの著者の魅力だ。筆者が十代の頃、後に「監督」の原型となる広岡に関する文章を読んだが、当時、野球を語る文章であのようなものは全く無かったと思う。この本の中では82年のパ・リーグプレーオフ、83年の日本シリーズを語った文章がやはり白眉だろうが、現在ではその名がほとんど語られる事もないV9の左のエース高橋一三や、巻末に収められたプロ野球界の裏方―ドラゴンズの足木敏郎の名は当時、新聞や雑誌でよく目にした―に関する淡々とした文章が素晴らしい。翻って現在、当時の広岡達朗や江夏豊が戦ったような野球は一体どこにあるだろうか?スター選手がより大勢在籍している方が勝ち、在籍していなければ負ける、調子がよければ勝ち、悪ければ負ける、そんな単純素朴な野球を12球団よってたかって見せていないだろうか?「選手に慕われる」、「爽やかな」人物を名監督とみなす報道を押し付けられてはいないだろうか?ノスタルジーは危険だが、21世紀に入ってから日本プロ野球のゲームの内容という点で停滞している、という意見に賛同する人は多いと思う。今、TVに映っている野球に満足できない人に薦めます。