西山事件はノンフィクションの題材として申し分ない。ジャーナリズムのあり方が司法の場におよび、外交と国家機密のあり方が長きにわたり考察された事件だ。それに情事、人間ドラマが絡んでいく。
問題は西山事件をどういった視点で描くべきか。何せ、
西山本人や
山崎豊子も期を同じくして筆を執っているのだ。
西山の妻と情報公開訴訟に挑んだ女性弁護士にスポットライトを当てるのは面白い視点であり、面白い試みだ。夫が「ひそかに情を通じて」いたことをメディアにさらされた夫人のいたたまれなさ。40年近くかかった解決の際の離婚しなくてよかったという安堵ともいえない心境は、想像できるようでいて、想像の範疇を超えている。
女性弁護士も面白い。やはり最後の情報公開訴訟は西山の事件ではないのだ。そのあたりの凛とした割り切りにすら意気込みを感じたりする。
しかし、著者は山崎豊子をどう思っているのか?
山崎豊子は情報公開訴訟中に出版している。フライングだ。「ふたつの嘘」ではワザワザ山崎豊子が西山に電話してきたことが書かれている。フライングした山崎豊子への嫌味だろう。しかし、本文の抜粋(表紙の裏)として山崎豊子の話は相応しいはずもない。全く本質ではない箇所を抜粋としていることに、山崎の知名度に便乗しようとしている出版社を抑えられなかった著者の葛藤も垣間見られる。