今は亡き作家レイモンド・カーヴァーを夫に持ち自身も詩人・小説家として活躍を続けるアメリカの女流作家ギャラガーの名品12編を収めた日本オリジナル短編集です。私が本書を読んで一番心に残ったのは、人生には時として奇麗ごとだけでなく上手くいかない哀しい局面も訪れるけれど、怒りや憎しみの思いをストレートに吐き出すのでなく、我慢して事態の好転を願って祈る事や或いは時を経て激情が通り過ぎるのを待つ術を知っている人々への著者の温かな共感のまなざしです。その思いは本書の巻末に付された二編のエッセイの内の一編で亡き父親の思い出が綴られた『父の恋文』中の一節、十六歳の時まで父から体罰を受けていたけれど、恐れながらも父を憎んではいなかったという記述に見られる著者の優しい性格から容易に窺い知れると思います。少し切ないけれど深遠な人間性に触れさせてくれる私のお気に入りの作品四編を紹介致します。
『むかし、そんな奴がいた』:暴利を貪っていた悪党に密かに復讐した男が、数年後に零落した当人に再会した時、自分が心に一生の重みを背負った事に気づきます。『石の箱』:妹が姉にした薄情で残酷な行為が姉妹の仲を引き裂き、幸福を奪われて怒り心頭に発した姉夫婦は妹に石の箱を送りつけます。『キャンプファイヤーに降る雨』:視覚障害者の旧友がカーヴァー夫妻を訪ねた時の実話を基に書かれた物語で夫との競作となります。盲目の人と健常者が互いを完全に理解し合う心のふれあいが美しく幻想的に描かれています。『祈る女』:夫の浮気を知った時、妻は恨みを抱かず平静を装い平和な人生が元に戻りますようにと、ひたすら祈り続けます。神を人を疑う恨みがましい人生に落ちまいとして。
思い通りにならない人生の中で怒りを暴発させずに何かに置き換えて耐え忍ぶ人々の哀しくも温かい情感に満ちた物語を貴方もじっくりと味わって下さい。