Would you like to see this page in English? Click here.


または
1-Clickで注文する場合は、サインインをしてください。
または
Amazonプライム会員に適用。注文手続きの際にお申し込みください。詳細はこちら
こちらからも買えますよ
この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
ふいに吹く風 (文春文庫)
 
 

ふいに吹く風 (文春文庫) [文庫]

南木 佳士
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 500 通常配送無料 詳細
o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o
在庫あり。 在庫状況について
この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。 ギフトラッピングを利用できます。
2点在庫あり。ご注文はお早めに。
2012/5/27 日曜日 にお届けします! 「お急ぎ便」オプション(有料)を選択して注文を確定された関東エリアへの配達のご注文が対象です。詳しくはこちら

キャンペーンおよび追加情報


よく一緒に購入されている商品

この本とダイヤモンドダスト (文春文庫) ¥ 490 をあわせて買う

ふいに吹く風 (文春文庫) + ダイヤモンドダスト (文春文庫)
合計価格: ¥ 990

在庫状況の表示

  • 対象商品: ふいに吹く風 (文春文庫)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細

  • ダイヤモンドダスト (文春文庫)

    在庫あり。 在庫状況について
    この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します。
    通常配送無料(一部の商品・注文方法等を除く) 詳細



商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

人生とはふいに吹く風のようなものかもしれない…。医師として数多くの死と立ち会い、作家として生と死の赤裸々な姿を描き続ける筆者が、少年時代の記憶から芥川賞受賞、そして現在に至るまでの、人生の断片を見つめて綴った随筆集。温かなユーモアに彩られた、真摯な視線が心をうつ、人間通に捧げる一冊。

登録情報

  • 文庫: 286ページ
  • 出版社: 文藝春秋 (1996/02)
  • ISBN-10: 4167545020
  • ISBN-13: 978-4167545024
  • 発売日: 1996/02
  • 商品の寸法: 14.8 x 10.6 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 119,075位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る

この本のなか見!検索より (詳細はこちら
この本のサンプルページを閲覧する
おもて表紙 | 著作権 | 目次 | 抜粋 | 裏表紙
この本の中身を閲覧する:

この商品を見た後に買っているのは?


類似した商品から提示されたタグ

 (詳細)
関連タグ(この商品に近い関連キーワード)を追加する++最初のタグになります
 

 

カスタマーレビュー

最も参考になったカスタマーレビュー
8 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
医者として年に4,50人の患者の死を看取る、末期癌患者の病棟に在職していた当時の作者。医者になって一番良かったと思うことは?と問われると、人は死ぬものだということがはっきり分かったこと・・・と、作中にある。人生にある日、ふいに吹く風が死を運んでくる。その事を作者は実は幼い時母を亡くす事で、原体験した人生を送ってきたのだが・・・上州の田舎に生まれ、育ての親である母方の祖母と姉の3人暮らし・・・再婚し東京に住む父の元での中学からの学生生活・・・文学部ではなく敢えて医学部を受験し、本人曰く?都落ちしての秋田での医学生時代(著書「医学生」を生む)・・・そして、信州の農村に臨床医として生きて12年位の作者のエッセイ集である。1989年「ダイヤモンドダスト」で第100回芥川賞受賞。この本は「落葉小僧」に次ぐエッセイ集で1991年2月に上梓された。人に、そして人の死に、接する彼の目は医者として冷静でありながら、限りなく優しい!故に、この後彼は自ら病を抱え生きて行くことになるのだが・・・「ふいに吹く風」は、彼の作品の中で私にとっては、1番をつけている作品。この優しさに、南木 佳士ワールドに、はまってみて下さい!
このレビューは参考になりましたか?
1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:文庫
南木さんの、エッセイ集である。エッセイとは、短い文章のことだ。雑文のようなものでもエッセイと呼ばれる。南木さんの、この芥川受賞前後の文章たちは、エッセイと呼んでよいものか。むしろ、小説以前や、小説以後の文章たちに見える。

南木さんの小説の、原石たちが、ここにはある。小説になる以前の、風景のままが書き出されている。これが、あの小説になったとわかる。これらは、小説よりもなめらかだ。すうっと入って、すうっと出て行く。後に残らない。南木さんの中には、残った。引っかかった。彼の小説づくりは、僕たちの中にも引っかかるものにするために、木彫を彫るように荒く削りを入れていくことなのだな、と分かる。

小説より以後の、結晶の様なものも、ある。エッセンスだけが蒸留されて残された、小説の核だったもの。あれはそういうことだったのか、と、心の中にひっかかっていた、南木さんの小説が、のどの小骨がとれるように腑に落ちる。

大変に、面白く読めてしまう。そして、納得できる。そこが、引っかかる。帯に短したすきに長しで、どうにももどかしくなる。

小説以前のものは、残らない。通り過ぎてしまう。小説以後のものは、せっかく引っかかっていたものを、流しさってしまう。この文章たちを書いている南木さんの姿勢は、小説と同じく、ものごとに結論を出すという選択を選ばず、そのままに体に留める、というものだ。でも、「エッセイ」という形式が、それを許さない。

南木さんは、エッセイを書きたくなかったのではないか。受賞後、エッセイの依頼が増えて、その二割程度にしか応えられなかった、とあとがきにある。それでもこれだけの量がある。需要があるのだろう。僕ら読者が、エッセイを欲しがってしまう。

それは、とりあえず、その作家について、納得して、結論づけたいからだ、と思う。僕も、気になった作家の文章を、なんでも血眼になって探すことがある。エッセイは、そんな読者には格好の形式なのだろう。でも、それは、南木さんの根っこに反する。「難民キャンプの寸劇」という、3ページばかりの文章が入っている。僕がここで紹介すると、何も残らないので書かないけれど、これは、エッセイを欲しがる僕に、ぐさりとささった。
このレビューは参考になりましたか?
カスタマーレビューの検索
この商品のカスタマーレビューだけを検索する

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   
関連するクチコミ一覧


リストマニア

リストを作成

関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す










この本は、それぞれの上記のテーマに含まれています。

フィードバック


Amazon.co.jpのプライバシー ステートメント Amazon.co.jpの発送情報 Amazon.co.jpでの返品と交換