大学生の大路尚純と彼女、尚純の兄と兄嫁の男女4人が、それぞれの立場から語り手となり、ひとつの小説を構成している。吉田修一の読者にとってはお馴染みの手法だ。今回は4人の“書き出し”を合わせるといったお楽しみ的な細工も見られる。
「JJ」連載ということで、女性主人公は兄嫁が雑誌編集者、彼女がアパレルの広報といった「月9」ばりの流行り職業だが、男性のほうは兄が信金勤務、弟がフツーの大学生といたって地味、さらにはプレスの彼女も実は族上がり、こうした予定調和でない設定が逆にリアリティーを生んでいる。本作は4人の視点によって、大路家周辺の家族関係、夫婦関係、友人関係の表層と深層を描き、一見、賑やかで和やかで安らかな日常が、不倫や同性愛や出生の秘密に支えられた不安定なものであることを示している。「東京湾景」は実際「月9」になってしまったわけだけど、甘いコーティングに潜む毒を描くことこそが吉田修一の本質なのだと思う。そして闇を抱えながらも日常を生きていくことを是とする前向きな現実主義と楽観主義に救われる。
なんでもない風景が実は不安定で歪んだものであることを教えてくれる安村崇の表紙写真も、作品内容にマッチしている。