単行本で八百ページ近い児童文学の大作(寝転がって片手で読むのはムリ)。
扱いは児童文学ですが、漢字が少ないだけで、圧倒的な質量は大人が読んでも十分読み応えのあるものです。自分は完全に本作の魅力のとりこです。☆五つじゃ足りません。
ナナツカマツカなる里の外れの丘に記憶喪失の若き猫、ヨゴロウザが迷い込む。それが物語の始まり。片目(という名の猫)の相棒となり、ほかの様々な野良猫や小動物と出会ったり、野良犬たちと決闘するなかで成長し、記憶を取り戻す。
粗筋だけ書いてしまえばそういうお話なんですが、単純な成長譚ではありません。成長譚というには成長の仕方が複雑であり、また成長の結果は苦く、なにかを得るカタルシスよりは、心かきみだされるやり場のなさが残る、そんな作品。表紙折り返しの内容紹介には「野良猫たちの叙事詩(バラード」)とあります。なるほどたしかに叙事詩かも。
この小説の多面的な魅力をどう伝えればいいのかな。里山の季節の移り変わりの美しい描写、それぞれに自由で自立した動物たちの魅力、主要登場動物たちの複雑な性格づけ、ストレートでクールなセリフの応酬、全体に漂うハードボイルドな空気感、そこかしこに立ち上る哲学的な匂い、いかにも児童文学らしい優しさ、根っこにある批判精神、政治的駆け引き、変化しつづける関係性、少年マンガのようなアクション、西部劇のような決闘、生存競争の冷徹な描写、なにげない猫の仕草の正確な描写、その仕草に関係のない思考内容をあてはめるおかしさ、猫の世界のとぼけたことわざ、ヨゴロウザをはじめとする言葉の響きの魅力、そして最後に訪れる余韻、、、、。そうしたものすべてが反応し合いながら八百ページに詰まっています。
ふと思ったのだけど、もしかしたら小説自体が猫の行動を模した作品なのかもしれません。気まぐれで、思いがけぬところで立ち止まりくつろぎ、獲物を見れば用心深く近づき、飛びかかる。猫にとって獲物を仕留めることだけが仕事ではなく、全ての行動が仕事であるように、この小説もただ結末を目指すのではなく、ときに物語を停滞させ寄り道したり同じような話を蒸し返す、そうしたすべてを含めた猫のような物語を描きたかったのではないだろうか、と。
なので、興味を持った方はぜひぜひ先を急ぐのでなく、細部を味わいながらじんわりじんわり余韻に向けて読み進めてくださいな。なんだかよく分からない不思議なタイトルも、きっと最後に苦さのなかに差し込む光のように腑に落ちるはずです。多くの人に読んでほしいけど、とくに猫好きには大推薦の一冊。