日本特有の現象と著者が言う「ひきこもり」現象をこの本が取り上げているのは、現代日本が陥っている精神的停滞について考察する切り口の一つとしてである。引きこもりを生む土壌として、経済面、社会面での日本独特の習慣、女性の地位、家族形態の変遷、戦後政策のあり方、経済危機に対する対応の遅さの裏にある、目には見えない「日本人の精神」がいかに日本の諸問題の根深い土壌となっているか、が本書の中心課題である。米国人ジャーナリストの著書であるが、そうとは思えない程、私自身(日本人。無宗教)の日本社会のとらえ方と一致した。以前の私なら「そうかなあ、日本はここまで酷くはないと思うけど・・・」と思っただろうが、子どもを妊娠・出産し、育児しつつ働く身となってからは弱者に厳しい日本の社会的システムの不合理性・非道性が嫌でも目につくようになり、「日本は先進国の中の後進国」と考えるしかなくなった。ハンデを背負う身になって初めてこの国の本当の姿が見えた気がする。著者が度々言及しているように、前例を変えてまで弱者を救おうとはしない、冷たい官僚的な国なのだ。
そんなわけで、第9章「子宮のストライキ」と10章はまさに私自身の実感だった。子どもを産みたくない訳ではない。2人目を産みたいが、産んだあとの膨大な経済的負担、長時間労働と育児時間確保のジレンマ、女性が仕事を辞めざるを得なくなった場合に失う機会費用の巨額さ、また経済面だけではなく、女性が仕事を辞めるということはこれまでの人生で費やしてきた努力の成果の喪失を意味する。女性だけが仕事か子どもかの二者択一を迫られ、そして、そういった女性の負担を軽減する施策や社会背景は非常に少ない(国の育児補助金は年金に比して微々たるもの)。実際には、日本社会はこの本の記述よりもさらに産みにくい、というのが私の実感である。様々な社会システムを変えなくてはならない、と分かっていても変えられない日本人。このままいけば、戦争でも天災でもなく、自らの社会を変える能力が無いがために少子化の果てに滅んでしまいそうな日本という民族、と感じているのは私だけだろうか。
日本との比較で韓国のキリスト教の普及が長期経済停滞に苦しむ日本と改革に成功した韓国の違いの根本だ、という著者の説には同意しがたいし(そんなに単純なものではないだろう)、韓国の精神風土についての考察は、日本のそれよりも大雑把なため、実際の評価は☆4.5個。(0.5個は異国での調査の労に敬意を表して、サービスです。)日本が抱える精神的な問題を解決する処方箋を著者は提示していないが、それを見つけれるのは私たち自身の義務である。