椎名誠の中篇三篇からなるオムニバスになっている。
『階段の上の海』は、椎名誠本人がモデルである塩田勇が、
たまたま出会った少年たちと小学校のプールに無断で入り、
そしてそこの教師・諸見里に注意を受け、
そのままその女性と恋に落ちてしまう話である。
勇は婚約しており、ありていに言うと不倫なのだが、
そういう雰囲気はあまりせず
ふんわりした空気の中で物語は進行していく。
比較的文章も読みやすく、心理状態も読みやすいものに
なっているためにふんわり読むことができる。
妻のことを気遣うシーンが多く、結婚していても
「ときめいたっていいじゃないか」的なムードが全体を包む。
相手の女性は未婚なのか、定かではないが、
おそらくは未婚だと思われ、たまに突発的な行動に出る。
かなり好感が持てる作品である。
『海ちゃん、おはよう』は、若い夫婦に赤ん坊を授かり、
その赤ん坊を中心とした子育てを母親の視点から綴った物語である。
これは育児雑誌に掲載されていた作品のようで、
この妻は椎名誠の妻のように思え、そして旦那は
椎名誠のように思える。
女の視点で書くのは初めての試みということで、
どうなるのかと思ったが、あまり意識しないところが逆にリアルで、
いいと思った。
『娘と私』は、椎名誠の娘、渡辺葉が外国に留学するところに始まり、
帰ってくるところで終わる完全な私小説である。
「岳物語」はベストセラーになったが、実は岳には姉がおり、
葉という。
葉は、作家である父親にいろいろ書かれることを危惧し、
小説に書かれることを拒んでいたわけだが、
今回は許可を貰って書かれているようである。
そして面白いのは、娘のことを書いているのであるのに、
アメリカに留学するシーンからはじまることだ。
つまり、娘のことを書こう、というのに
娘がいなくなるシーンからはじまるのだ。
椎名誠の視点において、
葉から送られてくる手紙や回想などで渡辺葉という人物を描いていく。
青年になった岳も脇役として登場するが、
これは完全に椎名誠の日常にアプローチした作品で、
とくに誰に特化したわけでもなく、
ただ姉を登場させることが認可されただけの作品にも思える。
しかし、まったく語られることのなかった娘の話は貴重であった。