「ナウシカ」は、人間性の底深さを有しつつもエンタテインメント性を些かも損なっていない、あるいは、表層的に愉しませるものでありながらも穿ちうる問題を多く孕んでいるという、その意味ではこのテの問題を探る絶好の機縁となるテクストだと思います。けれども・・ナウシカの処女性は重要であるにもせよ、王蟲がいつまでも幼生の状態であり続ける(蝶などのように「変態」を果たさない)、したがってナウシカと相通ずる「童子王」的存在なのだという解釈など、どうだかなあ、と思ってしまいます。マンガ版「ナウシカ」などには、作者宮崎駿自身の峻烈なる思索の軌跡が見てとれる、それだけに、参照や取っ掛かりとしての「ナウシカ」ではちょっと不満。