佐藤優が本書を紹介しているのを読んで手に取る機会を得た。
一点目。
唯識仏教とは 人間の意識を高度かつ詳細に渡って分析する哲学である点が良く分かった。日常の中で自分の意識の動きというものを当たり前だとしか思ってこなかった僕にとって、本書で分析される「人の認識の仕方」に関しては目から鱗が落ちる思いがした。また、かような思考が2000年以上前になされていたという事実には驚嘆した。
二点目。
そんな分析から見えてくる自分自身の「意識」の「力」と「どうしょうもなさ」を強く感じた。
本書が説く僕らの認識とは、どうしょうもなく自分の我執と偏見に満ちたものになっている。目の前の事物に関しても、それを見る際にはかならず自分の「意識」と「無意識」というフィルターが掛かってしまう。しかもそれに気がつくことは難しい。
かくて、そのような不透明な眼でしか眺められない世界というものを、一体自分としてどうしたらよいのか。そういう一種の無力感すら感じさせられるものがあった。
三点目。
仏教とは高度な哲学であるという思いを深くした。高度な哲学が宗教足り得るのかという質問が心に浮かんできている。これに対しては、現状自分なりの答えは出せないことも確かだ。今後十年から二十年掛けて本を読み、考える時間が有ったならば、ぜひゆっくり考えていきたい。