起訴当初の証拠品ではなかった「血染めの衣類」が、被疑者が逮捕されてから1年以上もたって味噌樽の底から「発見」され、それが証拠に採用された結果の死刑判決。しかもそれが高裁でも最高裁でもくつがえらず、その後、再審請求も頑なに棄却される。
「血染めの衣類」のうちのズボンは、被告人にははけないサイズのものだったし、1年間味噌樽に漬かった衣類が、あんな、血の色の赤さのわかるような色でありえようはずがないのに。あんな小さなクリ小刀で、被害者の身体にあったような何十箇所もの深い刺し傷は作りようがないはずなのに。また、警察が「裏木戸はこうやって通れたはず」と称して写してみせた再現写真は、肝心の上部の留め金の状態が写っておらず、証拠になりえようはずがないのに。
これが、日本国憲法下の昭和・平成の世のできごとかと、唖然としてしまう。これでは「問答無用じゃ。神妙にせい」という、江戸時代の裁判ではないか。
警察は、正義の味方どころか、メンツのためには証拠の捏造さえする組織だったのだ。
しかも、事件当時のマスコミの報道を検証してみると、警察のリーク情報を鵜呑みにして、「袴田容疑者=本ボシ」のイメージを大衆に流布する任務だけを引き受けた「県警広報部の別働隊」としか思えない。
こうしてかき立てられたマス・ヒステリー的状態に、裁判官まで染まった結果、「死刑判決を出さねば住民が納得しない」ような雰囲気が作られていた。後にわかったところによると、事件報道が一段落したあとで静岡に赴任してきた熊本裁判官だけが、「疑わしきは罰せず」の正論で行こうとしたが、多勢に無勢で自説を通せなかったという。
袴田さんはご高齢です。一刻の猶予もなりません。みなさん、どんどんこの本を友人に勧めてください。そして映画『BOX〜袴田事件〜命とは』も観てください。