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このとっさの切り返しのジョークがすばらしい。ちなみに彼女は運転手つきの車で行くのだが、魚屋の店先に車を横づけにするようなお客ではないからと、店の手前10メートルほどの場所に車を停め、ぶらぶらと歩いていくのだという。
このエッセイはここで終わりではない。魚屋に買い物にいったとき、和服の女の人に呼び止められ、ファンだといわれる。その人はベビー・カーに「天使か妖精か」というような愛らしい男の子を乗せている。2年後に、またこの魚屋の手前でその2人に出会う。ベビー・カーは小児用の車椅子のようなものになっている。子供というより少年といってもいい顔立ちの男の子が、毛糸のチロル帽をかぶっている。そして、その3年後にも、そこで銀色の車椅子に出会う・・・。母親と思われる女性は、高峰秀子と会ったことを喜んでくれるが、この親子とはこれ以上顔を合わせないほうがいいと決心する。そして、魚屋に買い物にいく時間を変える。このエッセイの題名は「午前10時30分」。
彼女はいう。車椅子に乗っている理由を聞いてみても、少年の年齢を知ったとしても、私にはなにかしてあげられる筈もない。「いつかまた、あの母子に会うことがあったら、私はなにか余計なことを言ってしまいそうで、こわい気がする」。この潔癖さ。このときの彼女の甘ずっぱくて苦い思いこそ、人間のオヘソにつながっている。しかし彼女のこの態度を誤解する人や、それとはまったく正反対の態度をとる人も、世の中には多いはずだ。ぶっきらぼうのようでいてぬくもりのある文章には、人生の叡知がつまっている。
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