著者の瀧口範子さんには、コールハウスを追いかけた前作から注目してきた。本書は、伊藤豊雄を三大陸に追った観察記。あとがきで、瀧口さんは、こう書く「とかくものごとを論理的に抑えようとする私の粗い網目を、伊藤は抜けていく。」だが、瀧口さんの「論理的」頭脳は、ただものではない。目の前で種々雑多にくりひろげられていく伊藤や彼をめぐる人々の行動を瞬時にとらえ、思考や感性など、きわめて抽象的な「意味」を直感的につかむ。観察は、建築に関する知識によってしっかり裏付けされているのだが、誰にでもわかるよう、必要な情報をていねいに教えてくれる。だから、建築にはまったくのしろうとである読者にも、日本の戦後の建築の歴史や、建築家のビジョンと時代との接点などが、あっというまに把握できる。読者に対してとても親切かつ、正直。消化しきれていない頭でっかちの理論に対しては、わからない、とはっきり言い、通を気取って読者を置き去りにするというイケズをしない。論理的骨組のすきまは、しなやかで素直でいながら鋭い感性が、補完する。伊藤をめぐる人々のインタビューも、商店街のおじさんから、先輩の大建築家、熱っぽい施主まで、短い登場時間にもかかわらず、それぞれの人生の軌跡をかいま見せる。大変な質と量のリサーチに裏付けられているに違いないのに、気負いや堅苦しさをまったく感じさせない。ある講演会でのシーン、伊藤はこう語る、「リラックスして、かつ一生懸命にお聞きください」。この本は、まさにそんな姿勢、つまりは「リラックスして、かつ一生懸命に読」んでしまう本。読み進むにつれ、建築を媒介に「自然や世界の一部であるという人間像」を追う伊藤の熱い思いが、じわじわ伝わってきて、おいしい料理を食べているような幸せ感でいっぱいになった。