いわゆる「泣けます」「感動します」といった本ではない。
つまり「お約束」がないのだ。読んでいると「おっ」「へえ」と立ち止まる部分がある。読者の予想がちょっとずつ裏切られていく感じだ。しかし、それこそが「人を描く」文章のような気がする。人の人生は、お約束ではない。
この筆者のことを「文章がうまい」という評があったように思うが、それだけではないのではないか。膨大な取材、聞き取りの中から、文章を書く時にどんな話を選び出すか。それは相手のちょっとした仕草であったり、読んでいて顔をしかめたくなるエピソードであったりする。そのチョイスこそがこの筆者の神髄である気がする。
この筆者の別の本のレビューで「他人の人生に土足であがる」といった表現をしている人がいた。こんな卑小な読み方をする人もいるもんだなとちょっと驚いた。
確かに筆者は結果的に取材相手の「人生」という家に上がり込んでいるかもしれない。この本の中にも、聞きにくそうにずばり質問する場面が何度か出てくる。しかしそれは、何度も呼び鈴を鳴らしたり、時には居留守を使われたりしながら、少しずつ関係を築いていった末に「上がり込んだ」のではないだろうか。
簡単に書かれているように読める文章も、何度か読み返すと「自分にはここまでの取材や執筆はできないな」といった奥深さを感じるのは、私だけだろうか……。