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十歳でこれを書いたのだ。ものを考える、とはどういうことか考えさせられる。
すべて事実なのだから、人間は単純ではない。
担任にはずいぶん世話になっているが、それでも金持ちの子をひいきすると冷静に見ている。
兄と二人おいて貰っていた宮崎家の人々のこともありのままに書いてあり、後にその家の人たちはつらい思いをしたそうだが、六畳と三畳しかない家に一家で暮らし、そこにニ人あずかる、ということ自体、なかなかできることではない。その点は無視され、冷たい仕打ちをしたというところだけ取り上げられていろいろ言われたのだろう。気の毒な話だ。
なお、朝鮮人であることで会社からは差別されるが、それ以外の場では差別されているようなことは全く書いてない。
一時は乞食になるか、とまで思い詰めた兄妹も、兄の力でどうにか暮らしがたち、また、その兄の考えでこの本が出版され、高校だけでなく、大学まで行けた、という。昭和五十年にかかれたあとがきでは、みんな幸せに暮らしているという。ハッピーエンドではあるが、この日記に書かれている時期の一番上のお兄さんの苦労は察してあまりある。
このお兄さん、名は喜一だが、前書きには安本東石とありそのわきに喜一と書いてある。
東石は号なのか、それともそれが本名なのか。東石が本名なら、姓だけ日本での通称にするのは変だ。
やはり号なのだろうか。
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