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にあんちゃん 十歳の少女の日記
 
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にあんちゃん 十歳の少女の日記 [単行本]

安本 末子
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商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

佐賀県の炭住を背景に両親を亡くした少女が兄らと懸命に生きる姿をつづった不朽の名作。

内容(「BOOK」データベースより)

読みたい。この時代にこそ。貧しくても助けあい希望を持って生きたころがあった!佐賀県の炭住を背景に両親を亡くした少女が兄らと懸命に生きる姿をつづった不朽の名作。

登録情報

  • 単行本: 318ページ
  • 出版社: 西日本新聞社; 復刻版 (2003/06)
  • ISBN-10: 4816705759
  • ISBN-13: 978-4816705755
  • 発売日: 2003/06
  • 商品の寸法: 18.8 x 12.8 x 2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 104,534位 (本のベストセラーを見る)
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8 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
両親を亡くした兄弟姉妹の末の女の子の書いた日記です。
次の二つは[ 昭和28年 小学四年生の時と、昭和29年 五年生 ] のときの日記の文章の途中からの一部抜粋です。
***
           (五月二十四日 日曜日 晴)
私はまだ、花のなえは、どうしてうえたらよいのかしりません。きょう、はじめてうえたばかりです。
私はなぜ花のせわをするのかといえば、私の手でうつくしい花をさかせ、その花を、一どでもよいから、「お父さん」にあげてみたいのです。そうしたら、死んでいても、きっとよろこんでくださると思うのです。
 うつくしい花を、たくさん「お父さん」の前にならべ、「お父さん」を明るくかざってやりたいと思ったからです。
いまは、たった、きくの花一つしかうえていませんが、そのうちに、うらを花畑にしようと思っています。どりょくすれば、きっと、うつくしい花畑になると思います。

***

2010年10月に発行された般若心経物語に、にあんちゃんの文章が引用されていて作者はその文章に慟哭したことが書かれています。にあんちゃんはそういう深いものがあります。また、般若心経物語と同じ作者の不落樽号の旅の中の詩「君にそして僕に」を思い起こさせます。「にあんちゃん」も、「般若心経物語」も、「不落樽号の旅」も深い感動があります。
 文学や芸術や宗教に共通する根源的な《大切なもの》を感じます。
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11 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
真実の迫力 2003/10/23
形式:文庫
 両親を失い、若い兄の稼ぎでどうにか暮らしていた兄妹が、炭鉱が衰えていくのと共にいよいよ暮らしがたたなくなっていく。
 そんな中でも、日記を付け続け、冷静に自分自身と周りを見ている。貧乏がつらい、体が弱いのがつらいと何度も書いてあるが、それでも前向きに生きている姿に心を動かされる。

 十歳でこれを書いたのだ。ものを考える、とはどういうことか考えさせられる。
 すべて事実なのだから、人間は単純ではない。
 担任にはずいぶん世話になっているが、それでも金持ちの子をひいきすると冷静に見ている。

 兄と二人おいて貰っていた宮崎家の人々のこともありのままに書いてあり、後にその家の人たちはつらい思いをしたそうだが、六畳と三畳しかない家に一家で暮らし、そこにニ人あずかる、ということ自体、なかなかできることではない。その点は無視され、冷たい仕打ちをしたというところだけ取り上げられていろいろ言われたのだろう。気の毒な話だ。

 なお、朝鮮人であることで会社からは差別されるが、それ以外の場では差別されているようなことは全く書いてない。

 一時は乞食になるか、とまで思い詰めた兄妹も、兄の力でどうにか暮らしがたち、また、その兄の考えでこの本が出版され、高校だけでなく、大学まで行けた、という。昭和五十年にかかれたあとがきでは、みんな幸せに暮らしているという。ハッピーエンドではあるが、この日記に書かれている時期の一番上のお兄さんの苦労は察してあまりある。

 このお兄さん、名は喜一だが、前書きには安本東石とありそのわきに喜一と書いてある。
 東石は号なのか、それともそれが本名なのか。東石が本名なら、姓だけ日本での通称にするのは変だ。
 やはり号なのだろうか。

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5 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
慟哭の書 2007/11/11
形式:単行本
にあんちゃん、とは2番目のお兄さんのことです。
安本末子 小学三年生の冬の日の日記から始まります。
(「にあんちゃん」の本は普通の、みせで、普通に買えます )
*******
                     一月二十二日 木よう日 はれ
 きょうがお父さんがなくなった日から四十九日目です。にんげんはしんでも、四十九日間は家の中にたましいがおると、福田のおばさんが、そうしきのときにいわれたので、いままで、まい朝まいばん、ごはんをあげていましたが、きょうの朝は、とくべつに、いろいろとおそなえをしました。
 そうして、ながいあいだおがんでいたので、学校へ行くのがすこしおくれましたが、いそいだらまにあいました。
 学校からかえってくると、兄さんが、
「お父さんは、あしたから、もうこの家にはいないのだから、いまからおそなえは、きゅう(旧)の一日と十五日しかしない。」といわれました。私は、それを聞くと、とてもかなしくなった。
 私は、お父さんのおいはいの前にすわると、なんだか、お父さんが私を見ているような気がしてうれしいのです。だけど、一日と十五日しかおそなえをしないなら、ときどきしかあえません。それがかなしいのです。
 ゆうがたおがんだとき、私はお父さんに、
「さようなら、おとうさん、さようなら。」といいました。
なみだが、ほおをこぼれた。

***

この妹も素晴らしいし、兄二人も姉も素晴らしい。
にあんちゃんは中学一年生の夏休み、いりこ製造のアルバイトをする。
そして、そのあと、仕事を求めて九州は佐賀県の西の果てから東京へ向かう。彼はいつも「死ぬぐらいはいっちょん、かんまん(ちっともかまわない)。」と言っていた。

まるで隆慶一郎の小説にでてくる素晴らしい生き方をする男や女たちと同じなのだ。
隆慶一郎(池田一朗)はこの本を元に、映画「にあんちゃんの」のシナリオを書いた。
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