この本のtitleを見て、正統派の小林秀雄論を期待される方もおられるかもしれないが、80歳を過ぎた老哲学者が自分の思想遍歴を語った本と言ったほうが適切と思われる。その意味で、同じ頃にPHPから出版された自叙伝とでもいうべき”哲学は人生の役に立つのか”とoverlapする部分もかなりあるが、恋愛論や趣味の話にまで至るPHPからの本と違って、本書は思想的なものに限定されている。著者自身は本を割りと簡単に処分される方のようで、著者自身も認めておられるように、記憶に頼る部分も多いので、大雑把になってしまうところも多い。学者が自分の思想を形成するにあたっては、その方の若き時代の思想的風土が重要な背景をなすが、そういうものが既に歴史としてしか語れない現在の若い人にとって、こういう風にざっくばらんにそういう思想的風土を回顧談として語ってもらえるというのは、貴重な話と思われる。DostoevskyからKierkegaardを経てHeideggerに至った著者であるから、Dostoevsky論で有名な小林秀雄から感化を受けていても、別に驚くにはあたらないが、小林秀雄との最初の出会いはフランスの詩人、Rimbaudを通してであったらしい。著者が影響を受けた文学界の方というのは、小林秀雄にかぎらず、芥川や朔太郎については本文で言及されているし、後書きで唐木順三や山本健吉からも多大な影響をうけたと告白しておられる。そういうものの総元締めとして小林秀雄がいたということなのだろう。是非一読を薦めたい。