煽情的なタイトルである。でも、書かれている内容は、「落合力」の凄さと、現代の日本人の通常の感覚からかけ離れた落合の感性、論理を逆手に取って、今を生きる我々に欠けているものを明示するユニークな読み物となっている。
本書で紹介されている落合発言の数々は、どれも中日ファンの間ではお馴染みのもので目新しい事ではない。でも、改めてその言説を追い、分析、検証されていくと、その言葉のひとつひとつが明晰で理に適った様に思えてくる。
著者の主観や思い入れ過多の部分も多いと思うが、「落合博満」と言うフィルターを通しての現代日本人論となっているのも面白い。
で、以下は一ドラゴンズ・ファンとしての感想。
2003年オフ前監督の山田久志が球団を去り、10名以上の候補者の中から(その殆どが変わり映えしない中日OBだったが)、次期監督として落合博満が選ばれた時、私の廻りの中日ファンからは賛否両論が渦巻いた。
マンネリ化した体制から新たな血を導入すると言う球団の覚悟が窺えたが、それにしても落合とは突拍子もないなとの声がある一方で、川上、広岡、森と言った過去の名監督の影響を受け、その野球理論について定評があったのは確かで、言わば、期待と不安が相半ばする状況で、落合は監督に就任した。
あれから6年、本書でも書かれている通り、落合は紛れもなく球団史上最高の名将となった。著者が激賞するように、落合が稀代の傑物であるかどうか、それは、野球が、“相手より点を取り、勝利する事が第1な競技”である以上、その「結果」を見れば、答えは明白だ。
著者は、落合は情緒的ではないと言うが、2006年東京ドームでのリーグ優勝を決めた試合(タイロン・ウッズが延長で満塁ホームランを打ったあの試合です)での、優勝監督インタビューで見せた感極まった涙と選手たちへの賛辞は、間違いなく情緒的、人間らしさが垣間見えた出来事として感動的であって、私など、あれ以来、どんなに叩かれても、落合監督を支持している(笑)。
個人的に、今年の落合采配で注目しているのが、2年掛かりでの“アライバ”コンバート。球界最高の鉄壁の二遊間コンビのポジションを敢えて切り替えたその判断がどう出るのか、楽しみだ。
(追記)
2011年10月18日、ドラゴンズは球団史上初の連覇を達成した。
しかし、御存じの通り、球団は既に落合との来期の監督契約をしないとの決定を9月22日に発表、これ以上の実績は望めないであろうと思えるほどの功績者を事実上解任した。
球団のプレス発表によれば、その功績と成果は絶大であるものの、「ファン(それを言うなら、マスコミだろう)へのサービス精神の欠如と勝てども勝てども増えない、むしろ減少の一途を辿っている観客動員数と、それに起因する球団の赤字増大」が主な原因だと言う。
更に、落合の勝利至上主義から来る中日OBへの冷遇等も裏の理由として挙げられている。
昨年末、名古屋の歓楽街栄の飲み屋で、中日OBの某スター選手(敢えて名前は秘すが、地元TV局にも度々出演するかっての有名選手)と偶然出くわし色々話をさせて貰ったのだが、落合への絶賛を口にした私に対し、返って来た言葉は実に辛辣、これだけ結果を出しているのは落合の力との見解を述べても、それがどうしたの?結果を出しているのは選手の力でしょと、ぬべもない返答で、本当に、落合はOBたちから嫌われているんだと実感した。
しかしながら、確かに、フィールドで闘ってるのは選手たちなのではあるが、それを束ね、指揮を取るのは、当然監督の役割。過分に私憤もあったと思うが、残念な思いがしたものだ。
改めて言うまでもない事だが、プロ野球の醍醐味は、卓抜したプロの技であり、勝負の駆け引きであり、ファンを鼓舞する、感動を与える一投一打だと思う。
でも、その前提として、やはり、勝負事は勝たねばいけないだろう。
プロ野球の監督としての目標や成果は優勝する事であり、勝つ事こそが最大のファンサービスであると常日頃公言していた落合こそ、真の意味のプロフェッショナルである。
ファンに媚を売る、マスコミへのリップサービスを増やす事で観客の動員数が本当に増えるのか?
監督は勝利によってその責任を果たす。観客動員が伸びないのは、その地域での人気単独球団である事にあぐらをかいていたフロント、球団の営業戦略や集客の為の真摯なマーケティングとアイディアの欠如にこそ大きな問題があると何故思わないのか、実に不思議である。
勝ち続けた事への運命の皮肉か、首脳陣や選手たちの年俸が急騰し、それも球団経営を圧迫している。加えて、深刻な新聞離れから来る親会社のお家事情もあるのだろう。
それにしても、だ。結果的に契約更新は出来ないにしても、最高の功労者にたいして、もう少しリスペクトの念があっても良いんじゃないか。
一部報道されているような球団社長の軽率かつ不謹慎な行動など、もし事実なら、何をか言わんや、である。
実に、淋しい、悲しい、情けない話だ。
と同時に、テリー伊藤による本書は、皮肉な事に、いみじくも、落合退団を機に、改めて、その「現代日本人論」を実証させる結果となってしまった。 (2011.10.20)