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この問題を差し置いて、「分数のできない大学生」とか騒ぎ立てても、それは単なるセンセーショナルな問題で終わってしまう。不毛である。
さて、本書は書き下ろしも含まれているが、読売新聞や中央公論などのメディアに発表した文章がゴッタ煮的に寄せ集められている。本人の言葉を借りれば「予定外」の本であり、「『学力低下論争』からの訣別の書」(本書 あとがきより)である。
苅谷氏は、「本当の学力とは何か」と言った定義論や「教育はかくあるべし」といった当為問題には踏み込まず、文部省などの実証的なデータ、測定可能なデータのみを問題とする。
もうひとつ、本書における苅谷氏の大きな論点のひとつは、「子供中心主義」教育への批判的なスタンスである。苅谷氏によれば、そもそも「自ら学び、自ら解決する」と言ったゆとり教育の目標は、本来ならばエリート教育の理念であり、誰にでも身につけられるものではない。
それに、「自己実現」などという考え方も、ごく一部の華やかな職業に付く人だけが手にできるものであって、「決して階級フリーな考え方ではない」(本書 P252) しかし、それを全国一律に、すべての生徒に身につけさせようとする、また身につけることができる、とするところに、大衆教育社会の悲劇がある。
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