内容(「BOOK」データベースより)
死刑存置論から天皇制批判、オリエンタリズム概念批判まで、いかなる権威にも大勢にもなびかない著者の思考がさえわたる社会的エッセイ群。
内容(「MARC」データベースより)
死刑存置論から天皇制批判、オリエンタリズム概念批判まで、いかなる権威にも大勢にもなびかない思考が冴えわたる! 「なぜ人を殺してはいけないのか」「共和制への意思」「反時代的考察」の3部構成。
出版社からのコメント
◆私は大勢に迎合するのが好きではない◆
死刑は野蛮だ、未だ死刑を残しているような国は文明国とは言えない、というような「人道主義的」風潮があります。しかし、世の中には凶悪犯がいるのも事実で、その被害者や家族にとっては、極刑以外に救われない。問題は文明か野蛮かではなく、単に文化の違いにすぎないのかもしれません。また、天皇制的民主主義国家・日本において「共和制への夢」は生き延びうるかを、思想・文学・サブカルチャーのなかに探ります。死刑存置論と天皇制批判、この一見相反する考えが共存するところに著者の「反時代性」があるといえましょう。
死刑は野蛮だ、未だ死刑を残しているような国は文明国とは言えない、というような「人道主義的」風潮があります。しかし、世の中には凶悪犯がいるのも事実で、その被害者や家族にとっては、極刑以外に救われない。問題は文明か野蛮かではなく、単に文化の違いにすぎないのかもしれません。また、天皇制的民主主義国家・日本において「共和制への夢」は生き延びうるかを、思想・文学・サブカルチャーのなかに探ります。死刑存置論と天皇制批判、この一見相反する考えが共存するところに著者の「反時代性」があるといえましょう。
著者からのコメント
訂正です。p88「出向」→「出講」、p159「かつて良く」→「かっこ良く」、p211、注の39,40は38,39に訂正(以上増刷分で訂正済)、p39「判事の土本武司」→「元検事」、p72「御用学者の節」→「説」、p146、「昭和四十三」、「年」が抜けている。p164「本田忠籌」→「本多」、p210「ノスタルシー」→「ノスタルジー」
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
小谷野 敦
1962年、茨城県生まれ。東京大学文学部英文科卒。同大学院比較文学比較文化博士課程修了。学術博士(超域文化科学)。1990~92年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に留学。大阪大学言語文化部講師・助教授を経て、国際日本文化研究センター客員助教授、東京大学非常勤講師。文藝批評、歴史、恋愛論などの広い分野で評論活動を展開(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1962年、茨城県生まれ。東京大学文学部英文科卒。同大学院比較文学比較文化博士課程修了。学術博士(超域文化科学)。1990~92年、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に留学。大阪大学言語文化部講師・助教授を経て、国際日本文化研究センター客員助教授、東京大学非常勤講師。文藝批評、歴史、恋愛論などの広い分野で評論活動を展開(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
私は何も怖ろしいことを言っているのではない。廃止論者がしばしば哀れみを誘おうとして持ち出す、改悛の情が明らかな死刑囚に対して、恩赦、特赦を下す制度を整えるというのなら理解する。しかしそういう死刑囚がいるから死刑を廃止しろというのは、論理の飛躍である。世に、まったく改悛の情を見せない凶悪犯罪者がいる以上、死刑制度は残すべきである。死刑廃止論者がいくら同情に値する死刑囚の例をあげても、それは死刑にするほかない者たちの存在を抹消することにはならないのである。おもしろいことに、死刑廃止論者が描いたノンフィクションや小説の中には、まるでその犯罪者に対して同情心の起こらないものがある。・・・加賀乙彦の『宣告』は名作とされているが、見沢知廉のように自ら殺人を犯しておいて、刑務所内での待遇に不満を並べて文学作品として通用させているのは、図々しいとしか思えない。(「なぜ悪人を殺してはいけないのか」より)