男の人と同じ職位で働いていて、男社会と呼ばれる職場でも、世間で言われているほど女性差別を感じたわけでもない。むしろチャンスを与えてくれるのも男性だったわけだから、フェミニズムという考えにそんなに同調するわけでもない。けれどどうも、自分が男性と同じ仕事を、同じだけこなすことに特に喜びを感られない。人への責任は大切だと思っている。けれど、「仕事」に重い責任をもち続けなければならないことがしっくりこない。
そう思う自分が巷で言われているような甘えている女性の「スイーツ」なのか、単に責任から逃げたいだけではないのか、この思いを持ったままこのままずっと仕事をし続けていかなければならないのか、そう感じて自分を責める女性は結構いるのではないでしょうか。そしてそう感じている人はこの感覚を「感覚」として世間に語ることの危険さを良く知っているだけに口をつぐんでいるのではないでしょうか。
本屋で「女性のための〜」「できる女性は〜」などという広告を見ると、まだそんなこと言ってるのかとちょっとうんざりしてしまうような。
この本では生物としての女性の考えや特性についてが書かれており、成功とされた自分の職務に疑問を持ち、悩み、役職を降りた女性たちの話が述べられ、そして著者は発達心理学者として接してきた、圧倒的に男性に多いという適応障害者(彼らはなかなか周囲に理解されないが、その個性でもって大きな成功を手にする者もおり、しかしそれには周囲の理解が必要だった)への理解についてもかなりの頁を割いています。つまるところとは適応ということに目を向けない限り、差別というものはなくならないのだと理論的に説明しています。
読み終わって、職業選択の自由という言葉を小学校の授業以来で思い出しました。