いじめは、人間関係が強く関係するため事例研究や感情論、経験論で論ずる部分があると思います。
著者もその点を認めつつ、いじめについて学問として研究が進みつつあること。
そして80年代のいじめパニックから集団の問題としての側面もあることを教えてくれました。
P.142〜のR・ジラールの「平等な人間関係での差異の喪失が欲望模倣を生み、そうした状態の危うさが生贄(いじめられる人)を差し出し、集団を安定させる」という理論は教育現場にいる私としては個人的にとてもしっくりきました。
1.集団が平等を目指すと、個人ごとの差異がどんどん少なくなる。
(例:劇でシンデレラ役が複数人いる)
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2.すると個人ごとに違うはずの欲望も似てくる。
(衣装は自分のイメージで作っているはずなのに、衣装がみんな似てくる。)
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3.すると本来自然発生的にあるはずの関係(上下、役割、能力差など)が固定できなくなり、不安定になる。
(みんなシンデレラ。誰が主役で、誰が脇役で、誰がリーダーなのか。)
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4.その関係を再固定するために、無実の人間をスケープゴート(生贄、いじめられる人)にして集団で制裁を加える。
(シンデレラ役のうち一人だけ髪の毛の色が少し茶色いから、いじめる。)
また、集団の人員が固定化されているとよく発生しやすい点や、
固定化された中での競争化は危うさを孕んでいることも興味深かったです。
他にも集団対個人のいじめ関係の場合、子供同士一対一でのいじめ関係のときに出来そうな対処の仕方(例:「まずは自分が強くなれ」「やられたらやり返せ」)は危険を孕んでいるとも指摘しています。