「バブルは予知できないし、それを防ぐことは出来ない」と言うのがグリーンスパンFRB前理事長の不可解な弁明である。しかしバブルを予測し懸念した人がいなかったわけではない。グリーンスパンは彼らを無視しただけでなく彼らが具申する意見を積極的に妨害した。このようなグリーンスパンの確信の拠って立つところは、ミルトン・フリードマンを総帥とするシカゴ学派の市場万能主義のイデオロギーである。それはウオール・ストリートの利益を代弁するものであることによって世界的な潮流となった。マスメディアも手遅れになってから初めて問題の大きさに驚いた。レヴァレッジが多用される各種の金融派生商品が膨張させたバブルは単なる「資産バブル」ではない。それは膨張係数が高いだけでなく、強烈な浸透力で経済システムの根幹をなす信用制度を蝕む「信用バブル」となって世界を震撼させている。
著者はこの問題にいち早く着目し、この予言的な書物は今年3月に出版された。原題は「一兆ドルのメルトダウン」であり、バブルのもたらす破壊は1兆ドルに及ぶことを示唆している。その後に発表されたIMFの推計では「信用収縮」に関連する評価損とデフォルトの合計の予測中央値は9,450億ドルである。本書の視野は広く政治経済の動向全般にわたっているが、後追いになったマスメディアが小出しにしてきた、サブプライム・ローンに始まってCDS(信用デフォルト・スワップ)に至るまでの各種の金融商品の羅列に幻惑され続けてきた読者には第3章以下にある説明がとりわけ有用である。
それにしても驚きに満ちた本である。ここに描かれた政界、ウオール・ストリートの腐敗、拝金主義は想像の上を行く。しかも著者の柔軟な思考は「1980年代に経済政策が政府中心型から市場重視型に変化したことは80年代と90年代にアメリカ経済の回復をもたらす決定的な要因になった」と述べて、金融派生商品が経済の効率化に貢献したことを十分に受け入れている。しかしその上で、今や「市場重視が問題の解決に役立つ考え方ではなくなり、問題そのものになる時期がきたのだと思える」という結論に到達している。易しい本ではないだけに翻訳に丁寧さが欠けているのは残念である。