「生きる」「七人の侍」「生きものの記録」「蜘蛛巣城」のあとの作品がこれ。
この作品は、派手な設定ではなくて、このあと公開された「隠し砦の三悪人」と較べるとなお、映画としての豪華さはないです。
黒澤監督にとっては、短編的な位置づけで作ったのかな、と感じました。
短編だからこそ、映画のための映画でもなく、お客のための映画でもなく、人生のための映画なのかなと思います。
ある日、ひとりの旅法師のおじいさんが長屋に現れる。このおじいさんが、熟練した心理カウンセラーのように、長屋の住人たちを眺め、
気持ちを引き出し、一人一人の人生観を語らせます。
人生とはなんなのか?
その答えとして、「人とのつながり」「タイミング」「外へ出る勇気」などが出てきます。
しかし、おじいさんの言うことは、説得力を含みつつも、同じくなにか頼りない、儚さを感じさせる言葉。
それを揶揄しつつも惹かれる住人だち。
人生に答えなどない。いつも我々は何かを待っている。そんなセリフが度々出てきます。
最後は圧巻の幕切れ。この歯切れのよさが黒澤監督ですか。
少し似たような形で終わる映画でハーモニー・コリン監督の「ミスターロンリー」がありますが、
生と死を対比させている部分はメッセージとしてとても強いのですが、あれはもっとふんわりした着地でした。
少ししんみりもしていて。主人公の行く末を優しく見守ることのできる観客がいました。ある意味ハッピーエンドだったのかも。
この「どん底」はどうでしょ!
はみ出し者の設定は同じでも、最後に三井弘次は「折角の踊りを邪魔しやがって」とズバッと切った!
誰彼の所在も行く末も明らかにしない!人生への理解を否定する強烈なメッセージ。
私は少しも優しく見守る目線なんか持てませんでした。ハラハラして、ドキドキして、この先どうなるか何も分からない。でも人生は楽しい、なんだこれ。
全ての人生への許容は、潔癖性が増えた現代の私たちに、骨太なエネルギーと肉肉しさを感じさせてくれました。
ハーモニー・コリン監督が、もしこんな切れ味の良さを持ってたら、どんな映画になってたでしょう。そう考えるとワクワクしました。