黒澤監督は、いつも原作を超えてくる。
「生きる」よりも、人生に必要なものを深く描いた。
だけど、それを持ち続けるのは、いかに困難なことか。
風の音が、胸の隙間に染みいる喜劇。
どん底に希望が訪れた。
おかよは、希望を持っていた。
しかし、人が信じきれず、どん底から姿を消した。
行く先は、わからず。
捨吉は、希望を信じきれずにはいたが、
希望にかけて行動した。
罪を犯し、どん底から消えた。
役者は、希望を信じてはいたものの、
行動できず、命を絶った。
他の人間は、希望を嘘だと思い、
どん底に居座った。
それぞれの反応。それぞれの生き方。
さて、捨吉はどうなったのか?
そして、おかよはどこへ行ったのだろうか?
「また苦しむために良くなるのかい?」
「だって、まだもう少し生きていたいもの。」
「あの世に苦しみがないのなら、この世で、もう少し辛抱してもいいよ。」
「この世で嘘が悪いとばかりは限らねえよ。また、真がいいとばかりは限らねえ。」
「真に心中立てして、自分の首を絞めるなんてバカな話さ。」
「本当かもしれねぇ、だが、本当じゃないかもしれねぇ。」
「本当か嘘か、確かめに行ってみたらどうかね?」
「やい、阿弥陀様はいるのか、いないのか?」
「いてほしい人にゃ、いるだろうさ。」
「このまま右肩下がりで、沈んでいくのが、ありのままじゃねえか!」
「うるせぇ!おめえの嘘っぱちも、こいつのありのままも、勝手にしやがれ。」
「あの野郎、どこかにいい場所があると言いながら、そこがどこだか教えねえ。」
「それがわからないから出かけるのさ。」