ハンガリーに生まれ西側に亡命しフランス語で書いた処女作「悪童日記」が世界中で絶賛され以後も活躍し仏文学界に確固たる地位を築いたクリストフ女史の初期掌編集です。本書は著者が70年代から90年代前半までにノートの片隅に書いたまま埋もれていた習作や短編を25編集めた作品集に、興味深い初期短編を一編加えた決定版です。一読して感じられる全体的なテーマは「本当に何をやっても上手く行かない人生」を呆れる程にこれでもかと追求し、絶望・諦念・無常の思いを淡々と綴っています。それでも本書を読んで気分が落ち込むかというと左程でもなくて、著者独特のリズムを持った文章の端々にほのぼのとしたユーモアが垣間見えます。『先生方』:黒い笑いに満ちた無気味な愛情表現。『郵便受け』:望み通りの幸福の形でなければ幸せにはなれない。『間違い電話』:濡れ手で粟の幸運に乗じられない性分。『運命の輪』:運命を支配する者が教える「最も恐れる物」とは?皮肉な笑いが込み上げて来る究極の真実です。他にも理不尽ですが現代社会の実態を鋭く描いている『田園』『復讐』『製品の売れ行き』に強い衝撃を感じました。最後に収録された『マティアス、きみは何処にいるのか?』は長編「悪童日記」の萌芽が感じられる幻想味が色濃い作品です。著者が現在長らく執筆を中絶されているのは、処女作を超える作品が書けない思いが強いかららしいですが、何時か今の心境から脱却して再び筆を執られる事を祈願し、もう一度心を揺さぶる新作が読める日を待望致します。その夢が叶うまでは、苦く厳しいですが何時までも変わらないインパクトを与え続けてくれるであろう本書を読み返して行きたいと思います。