他の人の指摘にもあるように、私も引っ掛かったのは、いかに土下座をしようと、その人物が土下座をする事に価値や意味が無いと、土下座をされる側にとっても「謝罪」としての価値や意味が無いという事。まるで水戸黄門の印籠のように、土下座をするだけでどんな無理も通るように描かれているが、印籠には「三つ葉葵」=「徳川御三家」という価値があるが、この主人公の土下座にはそうした価値を保障する根拠が無く、その場のインパクトや口先三寸で煙に巻いているような印象が強い。本人にしても土下座をする事にたいした痛痒を感じていないようで、大げさに表現されるほど、逆に土下座が軽々しいものに見えてしまう。
特にヤクザの組長に対して「対土下座」と言い張る誤魔化し方に至っては、それで組長が不貞を許すというのに無理があり過ぎる(笑)。自分が組長なら、正直に浮気を認めたうえで謝罪するならともかく、助かりたい一心で何とか誤魔化そうとする態度こそ許せないけどなあ。
まあそれでも「ギャグ漫画」として割り切って読めば、なかなか斬新(?)な着眼点だし、毎回、どんなシチュエーションで土下座をするのか楽しみではある。今後、土下座が通用しないヤツが出てきたり、土下座に対抗する「謝罪ライバル」が出てきたり、「地下闘技場土下座バトル」が開催されたりと、土下座ギャグ漫画として、よりおバカな方向にエスカレートするのを期待。