詩人金子光晴が、大正から昭和における自己の結婚、貧困生活、夫人の浮気、その後の上海でのどん底生活までを描いた自伝だ。
本書の特徴であり魅力の一つは著者が自分自身の欲望、無責任・いい加減さ、貧困生活などを赤裸々に語っているところだ。例えば夫人森三千代との結婚に至るまでの経緯も、愛情というよりは欲望に近い中途半端な形で始まり、子供が出来て結婚に至り、その後夫人が年下の男と浮気をしたため、それを引き離すために東京を離れて上海に流れ着く、といった具合に計画性なく惰性に任せて生きている自己を飾ることなく描いている。
もう一つ強い印象を残すのはこの夫婦が辿りついた当時の上海だ。当時の上海は「世界の屑、ながれものの落ちてあつまるところ」であったとのことで、社会の底辺で暮らす中国人肉体労働者の生態や、著者と同様に日本から流れてきて極貧の中でその日暮らしを続ける芸術家達の姿は痛ましいまでに強烈だ。
本書はこの夫婦が2年に及ぶ上海生活を終えてパリに向けて旅立つところで終わり、その後の更に5年に及ぶ放浪生活は続編の「ねむれ巴里」「西ひがし」に描かれているとのことだ。本書を読了した現在の心境は、「毒を食らわば皿まで」ではないが続編も読まずにおれないという気持ちだ。