相対性理論や宇宙論の入門書を読んでいると、それまで当たり前と思っていた時間の不可思議さに、好奇心を刺激される。私は、そんなとき本書の存在を知り、そのタイトル名を見て、これは面白そうだと思い、早速、読んでみることにしたのである。
ところで、皆さんは、本書のタイトル名『どうして時間は「流れる」のか』を見て、どう思われただろうか?私の場合は、「どうして時間は止まることなく、一定のスピードで(実際には、一定でもないのだが)流れていくのか?」という意と捉え、時間の持つそうした根源的な不可思議さを解説してくれているのかと思っていたのだ。
ところが、本書の章題や非常に細かく細分化された小見出しのどこにも、『どうして時間は「流れる」のか』という文言は見られないし、実際に、そうしたことに触れた内容は、どこにもなかった。第2章は、『時間はなぜ流れるのか』という似たような章題になっているのだが、読んでみると、時間が過去から未来に流れるという当たり前のことの理由を述べているだけであり、それも、「非可逆現象が存在するから」と、「鶏が先か、卵が先か」のような解説をされても、どうも釈然としない。また、原子や分子レベルには、こうした時間の矢はないという不思議さには触れているものの、原子や分子も動いている以上、矢の方向は別にして原子や分子レベルでも時間の流れはあるはずであり、肝心な点をはぐらかされて、肩透かしを食ってしまったような不満を感じてしまった。
また、時間というものの性質上、そうならざるを得なかったのだろうが、第3章以降は、相対性理論や宇宙論の入門書と内容が重複するところも多く、もっと時間に特化してほしかったとは思ってしまう。ただ、そうした不満は、私の主観的なものであるのかもしれないし、相対性理論に関する時間のパラドックスの話や、幾つかのタイムマシンの話では、頭がこんがらがってくるほど、時間の不可思議さを存分に味わうことができる。
ところで、本書は、2001年に出版された『図解雑学 時間論』を再構成し、新規原稿を加えたものなのだそうだが、私が気付いただけでも、明らかに日本語としておかしいと気になった誤字・脱字が、7ヶ所もあった。2001年から出版しているにもかかわらず、未だにこれだけの誤字・脱字が放置されているのは、私は編集者の怠慢だと思う。「編集者よ、しっかりせよ」と苦言を呈したい。