「純文学と大衆文学との相違などない。ただあるものは、面白いか、面白くないかの違いだけである」という意見がしばしば現れるが、両者の違いが厳然としてあることを示す一作。ほとんど最高度に近い読書レベルを読み手に要求する小説であり、開巻早々、これがけっして大衆文学ではないことを読者は知らされるはずである。文章はきわめて硬質・流麗で、彫琢を尽くしたものであるが、技巧的な匂いはない。“抑制した語調と抽象的な文体を用い、辛辣さをまぶした”という作者の説明がその特質を言い尽くしている。物語としての仕立てはオーソドックスであり(岩波文庫のカバーに刷られた百数十字程度の説明が恰好の梗概となっている)、前衛的なところは皆無である。
岩波文庫の初刷が1995年8月。以後、品切れの期間を経て16年後の2011年8月に至ってもようやく3刷、アマゾンにおけるレビューも過去にはなしという状況がこの小説への近づきがたさ、壁の高さと厚さを教えているが、ひとたび登攀に成功すれば、枕頭の書となることはまず間違いない。
岩崎力氏の翻訳は完璧に近く、純粋に日本語としてみても、我が国の専業作家がものす文章を遥かに抜いている。