「鈴木先生」「おひさま」と話題作への出演が続く、土屋太鳳さん16歳の1st写真集です。
80ページの大半が廃校でのセーラー夏服に充てられており、太鳳さん自前のジャージ姿や
晩夏の記憶を共有するようなワンピース姿も収録されています。
「鈴木先生」での水泳授業風景を彷彿させるスクール水着は、17カット掲載されています。
汗ばんだ瑞々しい美肌に張り付いた後れ毛など、フェティッシュなカットも散見され
健康的な官能も見いだせる作品です。
太鳳さん自身の提案も取り入れられ、御家族や御友人から見られても
素の太鳳さんが写されているとの事で
太鳳さんのプライベート写真を見ているような想像も出来ました。
日本舞踊をはじめとする身体的教養と、身体能力に裏打ちされた空間を充実させる力が
作品全体の背筋を伸ばしており、弓の弦がピンと張ったような気品を帯びた可愛さと美しさに満ちています。
人は誰しも、かけがえのない存在であると同時に、人間の形式からは逃れられません。
作品のコンセプトやシチュエーションは、オーソドックスですが
その事はむしろ太鳳さんのかけがえのなさと普遍性を浮き彫りにしています。
透明な眼で鮮やかに見つめ、噛みしめる唇で自分を耕す姿勢。
それが象徴されている表紙に見つめられると
曇った眼で新しさを求め、破れた口先で対象を断罪していないか、己を省みます。
ひれふさず、うそぶかず、正面から捉えるまなざし。
太鳳さんの知性は、上げ底でも武装でもなく、世界をありのまま捉えるための
筒のようなものなのかもしれません。
太鳳さんの謙虚さは、卑下や謙遜ではなく、礼儀作法でもなく
世界に対する態度そのものです。だから彼女の謙虚さは胸を打つのでしょう。
謙虚に見つめることで、世界は像を曲げずにそのまま瞳に吸い込まれていく。
歳を重ねても新鮮な感性で己を耕し続ければ、曲がり角の先の、坂道を上った向こうの
素晴らしい風景を見つけられ得るのだと力を頂きました。
写真の出来とは独立して、土屋太鳳という人間そのものが感じられる魅力的な作品です。