本書において評価されている部分である、現代脳科学の抱える問題点の指摘と、それに対する挑戦的活動の記録は、科学者として良い意味で野心的であり、素晴らしい内容でした。この点に関しては他の方のレビューと大きな違いはないので言及いたしません。
私が言いたいのは、著者の過剰とも言える自信と、そこからくる先人や意見を異にする研究者への容赦ない批判についてです。
特に自分の専門分野でもない心理学や進化生物学に対して、非常に主観的な経験論で否定的な意見を展開しているのには、筆者の驕りを感じます。
既にその分野での非常に緻密な研究が進んでいるにも関わらず、それらには言及せず「〜だと思う、〜なんて嫌だ、〜かもしれない」などの科学的根拠のない感情論を展開するのは、科学者としていかがなものでしょうか。
例を挙げるなら、筆者は「利己的遺伝子論」に関する致命的な誤解を犯しています。筆者は人の親切な行動が実際は「利己的な」行動だという解釈は不快だと述べていますが、通常個体の行動の動機は遺伝子とは切り離して考えるものであり、要するに純粋な親切心を否定するようなシニカルな理論ではまったくないのです。これは生物学の領域では非常に基本的な共通認識です。
私は脳科学は門外漢ですが、上述した学問には通じる者なので、詳しい研究内容について果たして筆者が理解しているのか疑問に思う箇所もありました。
また、引用した実験の論文等の参考文献リストは提示されておらず、実験内容の紹介もいい加減で、その実験を知らない読者の誤解を招く記述です。
筆者には日本の脳科学研究を担う先進的人物として今後も精力的に活動していただきたいのですが、こういった一般の方向けの本を執筆されるときは、もう少し他の研究者に対する配慮と謙虚な姿勢を持っていただきたいものです。