東日本大震災での著者の診療体験について多く語られていて、それが医療者としては非常に納得できます。診療についての著者の真摯で謙虚な姿勢に、誠に頭が下がる思いで、素晴らしいです。
その部分については良著で、買って損はない一冊と思います。
ここから倫理学を学びたい、という意味では、残念ながらまったくお勧めできません。この点に関して著者の主張を私なりに要約すると、『ある道徳的な言説について、それが善であるかないかを、真偽の形では判断できない以上、すべての道徳的言説は”好き嫌いの感情の表明”であり、”他者の態度へ働きかけることを目的として”おり、そうである言説をあたかも真理のように声高に叫ぶべきではない』というものです。(一種の、倫理における「情動説」です)。その説自体は一理も二理もあるのですが、著者自体は情動説的に世の中の道徳言説を批判するのに、ご自身が何かを批判する段になると、主張するところの「ためらい」が一切無くなってしまって、『そういう原理主義的主張は良くない!』ということをかなり”感情的”に主張したりします。診療体験について書いている部分の謙虚さ、ためらいが全て消失してしまっており、『ホントに同じ人が書いているのか?』と疑うぐらいです。
このような矛盾は随所に見られ、ある所では自説への反論に対して『極端な例外は例外として認めるべきではないのか』と言ったかと思えば、他の場所では、自説を強化するために、ポパーを引いて『反証例は一例あれば十分な反証』と言ったりします。
ですので、鯨漁は許されるか、や、人工妊娠中絶はどうか?といった点についての主張は誠に脆くて、功利主義的立場からもカント主義的立場からも権利論的立場からも共同体主義的立場からも簡単に反論されてしまいそうです。”倫理”という点からは、なかなか評価出来ません。
一例を挙げると、著者は『ボクシングを、健康に対してリスクが高いので反対するというのなら、モータースポーツだってマラソンだって健康に対するリスクはかなりあるので反対しなければならないはず、それはおかしい』と主張するのですが・・・なぜボクシングが反対され、モータースポーツが反対されにくいのかを掘り下げていません。倫理学的立場から考えると、ボクシングが他のスポーツと違うのは『ボクシングは、相手の身体や脳にダメージを与えて打ち倒すことが勝敗の核心的なルールである以上、他者への危害と不可分になっているところが他のスポーツと違う』となり、また、『お互い危害を加えあうことに同意しているのならば許される』とするとリバタリアン的過激主張も認めざるを得なくなる、からだろうと思います。つまり、倫理学者の方たちから見れば、あまりに稚拙な論が繰り出されている、と、言えるのではないでしょうか?
医療者としての部分を読むと誠に素晴らしく、大変お勧めの本です。しかし、倫理学として読むと、とてもお勧めできません。ですので、平均して☆3にしました。