朝日新聞に連載されたエッセイ「音楽展望」を一冊にまとめたものです。
私は本書の中の、タイトルに関連するエッセイ「不条理と秩序」を連載中に読み、大変な衝撃を受けました。 それまで著者のことも知らなければ、クラシックもほとんど聴いていませんでしたが、そのエッセイにあまりにも感激して翌日さっそく「平均律クラヴィーア曲集」を購入し、2000年5月24日のその切り抜きは今でも宝物として大事に持っています。
相次ぐ少年犯罪や衝動的な殺人事件を目の当たりにした著者は、実存主義関係の本にある「人間は不条理の世界に投げ込まれた存在である」という言葉を思い出し、深い疑問に突き当たります。
「だって、どうして他人が殺されたのに自分は幸せでいられるのか、自分はそれに値する何をしたかと考える時、そこに条理が見いだされるだろうか?」
そして、「なんと空しいことだろう」と、何十年も生業としてきた音楽を聴く気持ちも薄れてしまいます。
しかし、そんな著者にもバッハの「平均律クラヴィーア曲集」を聴いているときだけは、「この不条理な世界にも何かの秩序がありうるのではないかという気がしてきた」との感慨が生まれます。
「お互いに殺したり傷つけたりするだけでなく、こういう芸術を作り出す創造的想像力を働かせることも出来」る人間に対する、著者の深い愛情と憐れみが感じられる素晴らしいエッセイだと思います。
理不尽な苦痛は本当に世の中に満ちていると思います。
わたしの住んでいる近所でも衝動殺人事件が起き、罪のない若い方が殺されました。
しかし、設置された献花台にはひっきりなしに人が訪れ花を供えていました。
恐ろしい事件が起きる一方、こうしたやさしい感情もやはり意味のあるものであり、冷酷に見える世界の背後にも、なにか深い条理が横たわっているのではないか。
このエッセイとクラヴィーア曲集に触れるたびそのような感慨が湧き上がってきます。
「人間はもちろんあらゆる生物を死に追いやるのは、私たちを生かし、花を咲かせ実を成らすのと同じ力なのだ」という言葉が深く印象が残っています。