まだ、僕がジャイアンツファンであり、日本のプロ野球を極めて熱心に見ていた頃、堀内は、ここぞというときに必ず勝ってくれる頼もしい存在であった。ONという二枚看板はあったが、それに対抗できる目だった存在であった。江夏との投げあいは、本当に記憶に残っている。
堀内のマウンドを何度見たろうか。一時名古屋にいたときに中に地球上でドラゴンズファンの罵声を浴びながら、淡々と小ばかにするようにドラゴンズ打線を抑えた堀内。東京に行き、後楽園球場でV10を逃したシーズンに孤軍奮闘した堀内。
そして、まだ、投げられそうなのになぜか敗戦処理ばかりやっていた堀内。この頃から、僕は、球場に足を運ばなくなった。
考えてみれば、実力とか天賦の才能もあったが、強運の星の元に生まれた男であったと思う。
それが、僕がもはや日本の野球を見ることもなくなった頃ジャイアンツの監督を「やらされて」悲運な男になった。
この作品のクライマックスにある堀内の引退試合のとき僕はスタンドにいた。最後のホームランは、文字通りスタンドを揺るがせる大興奮をもたらした。そういうことのできる男をジャイアンツは最後まで使いこなせなかった。
哀れである。
子供に頼まれたように、もう野球なんかからはなれてラーメン屋でもやったほうが良いのではないか?
堀内、球場でなりものならして騒ぐだけの今の野球ファンはおそらく知らないであろうし、貴兄を無能な監督ぐらいにしか思わないかもしれないが、僕らは知ってるよ。貴兄は、ジャイアンツV9をONらと同様に支えた最大の功労者であったということを。
このことは、野球を見ない僕も、決して忘れないぜ。