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ただ栄光のために―堀内恒夫物語 (新潮文庫)
 
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ただ栄光のために―堀内恒夫物語 (新潮文庫) [文庫]

海老沢 泰久
5つ星のうち 4.8  レビューをすべて見る (8件のカスタマーレビュー)

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

オレはちゃんとした試合でなければ力が出ないんだ―最大のピンチに最高のボールを投げた男。打たれても、暴投しても、マウンドに立つと俄然試合を面白くした男。“悪太郎”“甲府の小天狗”といわれながらも、堀内恒夫は、素質と運と度胸に裏打ちされた強烈なプロ根性で立ち向った。巨人V9の大黒柱への限りない愛情をこめて、現役引退までの軌跡を克明に追った書き下ろし作品。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

海老沢 泰久
1950(昭和25)年、茨城県生れ。国学院大学を卒業後、同大学折口博士記念古代研究所勤務。その後、著述に専念し、’88年に『F1地上の夢』で新田次郎文学賞を受賞。’94(平成6)年には『帰郷』で直木賞を受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 文庫: 411ページ
  • 出版社: 新潮社; 改版 (1985/02)
  • ISBN-10: 4101266034
  • ISBN-13: 978-4101266039
  • 発売日: 1985/02
  • 商品の寸法: 15 x 10.6 x 1.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.8  レビューをすべて見る (8件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 188,444位 (本のベストセラーを見る)
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形式:文庫
 まだ、僕がジャイアンツファンであり、日本のプロ野球を極めて熱心に見ていた頃、堀内は、ここぞというときに必ず勝ってくれる頼もしい存在であった。ONという二枚看板はあったが、それに対抗できる目だった存在であった。江夏との投げあいは、本当に記憶に残っている。

 堀内のマウンドを何度見たろうか。一時名古屋にいたときに中に地球上でドラゴンズファンの罵声を浴びながら、淡々と小ばかにするようにドラゴンズ打線を抑えた堀内。東京に行き、後楽園球場でV10を逃したシーズンに孤軍奮闘した堀内。

 そして、まだ、投げられそうなのになぜか敗戦処理ばかりやっていた堀内。この頃から、僕は、球場に足を運ばなくなった。

 考えてみれば、実力とか天賦の才能もあったが、強運の星の元に生まれた男であったと思う。

 それが、僕がもはや日本の野球を見ることもなくなった頃ジャイアンツの監督を「やらされて」悲運な男になった。

 この作品のクライマックスにある堀内の引退試合のとき僕はスタンドにいた。最後のホームランは、文字通りスタンドを揺るがせる大興奮をもたらした。そういうことのできる男をジャイアンツは最後まで使いこなせなかった。

 哀れである。

 子供に頼まれたように、もう野球なんかからはなれてラーメン屋でもやったほうが良いのではないか?

 堀内、球場でなりものならして騒ぐだけの今の野球ファンはおそらく知らないであろうし、貴兄を無能な監督ぐらいにしか思わないかもしれないが、僕らは知ってるよ。貴兄は、ジャイアンツV9をONらと同様に支えた最大の功労者であったということを。

 このことは、野球を見ない僕も、決して忘れないぜ。
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6 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By 紫陽花 VINE™ メンバー
形式:文庫
巨人V9時代のエース堀内の高校生から現役引退までを描いたノンフィクション。V9時代は私にとっては、小学生から高校生時代にあたる。この間、私にとってのヒーローはONではなく堀内であった。V9ナインの中で一番若いという事もあったが、その才能に惚れたことが大きい。その当時から練習嫌いで有名で、本書によると入団時のキャンプを除くとほとんど練習しなかったそうである。それでいてあの快投。しかも、普段はチャランポランなピッチッグをする癖に、大事な試合になればなる程素晴らしい投球を見せる。また、打撃も素晴らしく、自身のノーヒット・ノーラン試合に自ら3ホーマを打つ等まさにマイ・ヒーロー。

当時は巨人vs阪神戦を観るのが楽しみだった。第1戦の先発は決まって堀内vs江夏。江夏は「ジャイアンツのバッターで1番怖いのはON。次いで堀内だ」と言っていたそうだ。そして、堀内は第3戦のリリーフ登板もするのだ。今では到底考えられない。

そして、守備の巧みさ。練習はしない癖にフィールディングはチームNo.1、いやリーグNo.1。ゴールデングラブ賞が新設された際、この賞は堀内のために設けられたようなものだと言われたものだ。

投攻守、要するに天才だったのだ。

しかし本書を読むと、鼻柱の強さは演出で、本当は繊細な神経の持ち主だったらしい。デビュー当時、投げ終わった時に帽子が横ずれするのがトレードマークだった(私もよく真似した)が、あれも球の速さを印象付ける演出だったらしい。その他、本書を読むと堀内の意外な面も多く発見でき、堀内ファン必読の書である。
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By duples トップ1000レビュアー
形式:文庫|Amazonが確認した購入
堀内恒夫の現役時代は最晩年しか知らない。
メガネに痩身、なで肩のルックスは銀行員にしか見えないが、
ブルペンでビシビシと小気味いい球を投げ込んでいた姿を
思い出す。

デビューは1966年。残された記録映像もきわめて少なく、
全盛期の堀内の凄さは、V9をリアルタイムで体験した世代
以外にはいまひとつ伝わりにくい。
僕もそういった世代だが、この本を読んで、その凄まじさに
仰天した。
もしかして、才能だけなら日本野球史上で一番かも知れない、
そう思わせるだけの圧倒的な早熟ぶりである。

まだ10代だったデビュー年に16勝2敗。防御率1.39。勝率.889
リリーフでの失点や負けもあるため、先発した試合はほとんど
が完封に近い内容という事になる。これは松坂大輔のデビュー
年を上回る内容だ。
当時スピードガンはなかったが、1966年に特殊な機械で計測
した結果、ホームベース付近(つまり終速)で155km/hだった
という。現在、投手の球速は初速を測るのが普通だから、堀内
の速球は160km/hを超えていただろう。
そしてあの伝説のカーブ。NHKの番組でも見たが、一度浮かび
上がってから急激に落ちる独特の軌道で、他の投手には見られ
ないものだ。まるでナックルの一種のようにも見える。
そのカーブが生まれたエピソードについても、本書はじっくり
と紹介している。
デビュー年の堀内の持ち球はこの2種類だけだが、まあそれで
十分だろう、という事は想像がつく。

しかも打撃が素晴らしく、野手として起用する案もあったほど。
守備は、プロのコーチに教わる以前から「メジャー式」であり、
当時は珍しかった「捕球しながら投げる」スタイルを自然に
会得していた。
牽制のうまさは日本最高レベルで、盗塁王の福本豊が堀内から
は日本シリーズで一度も盗塁を奪えなかったという。
本書の中でも、度々「教わることなど何もなかった」という
ような趣旨の発言が出てくるが、そう考えても仕方ないだけの
才能があったと言えるだろう。

現在では、天才であるが故の傲慢な発言や、練習嫌いであった
という印象ばかりが残っている気がする。王貞治がその真摯な
練習態度や人柄で評価されているのとは対照的だ。
だが個人的には、野球選手はまず野球の能力で評価を下すべき
だと思う。その点で言えば、堀内は日本の野球界における最高
の才能ではなかったか。
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