この映画は、今まで見た中では最も忠実に刑事司法の実体を表現している。
第一回後半の短さに呆気に取られる人もいるだろうが、実際はあんな感じだ。
何が最もリアルであるかといえば、判決の理由である。
裁判所のご都合主義がよく表されている。
例えばこんなシーンがある。
裁判所が検察に対し、警察の取調べで行われていた痴漢の現場を再現するためにされた実験の記録の証拠提出命令を、検察は「不見当」(見当たりませんという意味)としたにも関わらず、判決理由を聞く限り、裁判所の心証になんら影響を与えていない。
普通、見つからないのであれば、いい加減な捜査をしていたと判断されるだろうし、実際はあるが出したくないから「不見当」と答えたならば、不都合なことがあるのだろうと推測されるはずである。
このような点は、判決の理由中、さらには審理中にさえ数多く散見される。
これは、刑事裁判というものは、内容を審理するのではなく、起訴後有罪確定率が99.9%である現状が、裁判所はどうやって被告人を有罪にすべきかということになっているためである。
役所さんの台詞でも、このことは指摘されている。
この映画の素晴らしい点は、この部分をよくぞ再現した、という点である。
他にも、やや脚色している部分はあるものの、刑事司法の実体をほぼ忠実に再現している。
この映画を観て、つまらないと感じる人もいるだろう。
しかし、この映画には深い意味があり、そのように感じた人は以下のキーワードについて少し考えてもらえれば、この映画の面白さが理解できると、私は思う。
「人質司法」「精密司法」「証拠の女王」「自白」「取調べの可視化」「証拠資料の偏在」「冤罪」