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12 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
裁判関係者の誰もボクの言うことを聞いてくれない,
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レビュー対象商品: それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり! (単行本)
周防氏は、刑事裁判について調べているうちに、理不尽な裁判の実態を知ってしまいました。「疑わしきは罰せず」でなければならないはずの刑事裁判が、実際には官僚組織の弊害にさらされて、裁判官が無罪判決を出しにくい仕組みが作られている。有罪率が99%という数字に象徴されるように、“推定無罪”は形骸化し、裁判所は冤罪を作り上げる温床になっている、というのが周防監督の実感でした。 この現状に対する怒りから、周防氏は感動的な逆転無罪ドラマではなく、この奇妙な裁判の姿を多くの人に知ってもらう映画を作ることを決意します。しかも、いかにも社会正義を訴えるトーンではなく、きちんと商業ベースに乗るエンターテインメント映画を目指しました。 映画は、主人公の青年が通勤電車で痴漢と間違われて駅の事務室に連れて行かれるところからはじまります。 駅の事務室で何も聞いてくれず、警察官に引き渡されて警察署で取り調べられます。「ボクはやってない」という主張を警察も聞いてくれず、手錠を掛けられ留置所に入れらる主人公。当番弁護士に、やっていなくても素直に認めて示談にしたほうがいい、と言われますが、青年には納得できません。 しかし、「やってもいないんだ」という主張は、検察官にも裁判官にも通じません。担当してくれた女性弁護士(映画では瀬戸朝香が演じている)も、半信半疑。 最終的に下された判決は……。 現在の裁判制度は、「疑わしきは罰せず」どころか、 「十人の真犯人を逃すよりは、一人くらい無実の人を捕まえてもよい」 という、誰も被告人の言うことを聞いてくれない仕組みができあがっています。 こんな裁判制度を放置するということは、自分が「その一人」になってもしかたがない、と認めることに通じます。 放っておけない! という、周防監督自身の強い使命感が伝わってくる一書でした。
12 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
タイトル:刑事裁判の素人でも”現場”の力学が理解できました!,
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レビュー対象商品: それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり! (単行本)
・人から勧められて、面白いかどうか半信半疑で読み始めましたが一気に読んでしまいました。 ・著者が書いている通り、痴漢と間違われて逮捕される徹平に 自分自身を重ね合わせて読みました。 何もやっていないのに、一貫して、どんなに声高に 正当な主張を貫いても徹平に不利な裁判が進んで、 結局は第一審では有罪に。これが現実の裁判なのですね。 ・どの”世界”もそうでしょうが、特有の力学が働いている為、 普通の感覚ではあり得ないことが起きるのでしょうね。 ・実際に、自分自身が何もやっていないのに痴漢と言われて 駅員に連行されたら、そこから何をしておくべきか?は 少しヒントをもらいました。 (しかし、恐ろしいです。それらの知識があっても 有罪を免れることは出来なさそうです。 満員電車には乗らないこと、女性には近づかないこと どうにも逃れられない場合は背中を接すること でしょうか) ・また、裁判に対して予備知識はありませんでしたが 裁判に関わるプレーヤーの力学は理解できました。 −裁判官はどうしても「最高裁が判断するだろうか」 という視点で”正解”を探そうとする。 世論をリードして画期的な判決を出そう などとは考えない。 −検察は、担当検事だけでなく、地検全体、場合によっては高検や 最高検まで入って組織の威信をかけて「控訴趣意書」を作成する為 論理的な飛躍などが最小限に押さえられている。 −弁護士は、検察その相対比較でいえば”一個人”で それらをひっくり返すのは非常に難しい。など。 (・補足しますが、私自身は痴漢に関しては厳罰化を望んでいます。 また本気で無くすつもりなら電車に監視カメラを常設して 動かない証拠を残していくべきだと思います。) →DVDも見てみようと思います。
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
「それでもボクはやってない」は、こうしてつくられた,
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レビュー対象商品: それでもボクはやってない―日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり! (単行本)
シナリオの収録がメインと思われがちだけど、むしろ上映作品からはカットされたシーンの監督による説明と思いが興味深い。たしかに、編集段階でカットされた理由もよくわかる。商業的な配慮、意味ではなく、いい映画にしたい一心でというのが伝わる。 それには演じてくれた俳優への監督の申し訳ない思いも伝わるし、主人公に感情移入した観客の反応を充分意識しての、監督の良心、制作者としての冷静さがわかる。 それから、なんと言っても、元裁判官の職にあった方との対話が、本当はもっとも読ませるものになっていて、 監督の質問は映画を観てのわれわれ観客の疑問でもあり、身を乗り出して聞きたい部類のものばかり。 映画での判決を述べる裁判官の「判決理由」が、なんとも独善的に感じていたぼくにも、対談相手の元裁判官の方の良識的な意見が救いになった。 それでも、監督がいくつもの裁判傍聴のなかで、それは感じたままのことだという現実も、それゆえにかえって胸に重たい思いも残る。
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