量子力学誕生をめぐる著作は数多く、いずれもたいては面白いのですが、この本はずば抜けて面白い。なぜなら、この本の著者リンドリーの目を通した、主役(アインシュタイン、ハイゼンベルク、ボーア)から脇役(シュレディンガー、ディラック、パウリなどなど)までの人物像の描写が、生き生きとしているからです。例えば、シュレディンガーには妻以外に複数の恋人がいたこと、アインシュタインとボーアが互いを尊敬する手紙を交わしていたこと、シュレディンガーの猫のアイディアの元が実はアインシュタインだったこと、など細かい逸話話を混ぜつつ、最終的には物理学への姿勢や量子力学をめぐる立場の違いをリアルに感じさせる内容につながっていきます。群像ドラマとしても十分に面白くできています。
この本の核となる主題である不確定性、相補性、これらが物理学会に与えた影響、さらに哲学などの他分野の反応を情報として羅列するのではなく、その背景にまで踏み込んで詳細かつリアルに描写しています。著者は相当の参考文献、書簡に目を通していると想像されます。だからこそ、これだけの描写が可能になったのでしょう。著者の知識の幅広さは、その当時の作家D・H・ロレンスの詩(下記)を効果的に引用していることからもうかがえます。
相対性理論と量子論が好きなのは
私にはよく分からないから。
(中略)
そして原子はまるで衝動に身を任せ、
しょっちゅう気を変えているかのようだ。
量子力学に興味のあるさまざまな人にお勧めできる一冊です。