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スターバックスのライバルとして知られ、ナスダック・ジャパンへの上場で一躍有名となったタリーズコーヒージャパン。本書はその創業社長である松田公太の自伝である。
著者は、水産会社に勤める父親の仕事の都合により、幼少期をセネガルで過ごし、青春時代をアメリカで過ごした。大学から日本に移り、筑波大学卒業後三和銀行に勤務するが、アフリカでは「中国人」、アメリカでは「アフリカ人」、日本では「アメリカ人」と呼ばれ、どこに行っても異端視されるという複雑な思いを経験したようだ。そのことが、「食文化を通じて世界中の国々がお互いを理解し、尊重し、そして一つになる」という夢につながっていった。
本書には、著者の幼少期から創業、ナスダック・ジャパン上場までの軌跡が、スピード感ある文章で書かれている。ボストンで出合った1杯のコーヒー、タリーズ本社との交渉、三和銀行との決別、家族の死、その過程で出会った人々…。ライバル、ハワード・シュルツとのちょっとしたやりとりなども含まれており、楽しく読むことができる。
本書には、起業のノウハウなどはほとんど書かれていない。ただ、起業して成功した人々に共通する大切な点―― 人との出会い、そして情熱を持ち続けることの大切さをあらためて教えてくれる。あまりに多くの不幸を乗り越え、成功を勝ち取った著者の半生に、胸が熱くなる1冊である。(土井英司)
内容(「BOOK」データベースより)
米タリーズ会長を“アポなし”で突撃訪問、日本展開のライセンスを獲得。28歳で銀座に1号店を開業、店に泊まり込んで1日20時間働き、様々な工夫と人材の発掘で急成長を実現。会社設立後3年2ヶ月、スターバックスに先がけ、飲食業界最速で株式上場を達成!タリーズコーヒージャパン起業物語。
内容(「MARC」データベースより)
ベンチャービジネスの新星、タリーズコーヒージャパンの痛快サクセスストーリー! 若き起業家がコーヒーに注いだ夢と情熱とは? 金なし、コネなしの普通のサラリーマンだった男が、巨人スターバックスに挑戦した軌跡。
出版社 新潮社出版企画部 原 宏介
タリーズコーヒージャパン起業物語。金なし、コネなし、普通のサラリーマンだった男が巨人 アメリカで出会ったスペシャルティコーヒーに惚れ込み、大手銀行を退職。米タリーズ会長を“アポなし”で突撃訪問、日本展開のライセンスを獲得。28歳で銀座に1号店を開業、店に泊まり込んで1日20時間働き、様々な工夫と、人材の発掘で急成長を実現。2001年7月会社設立後3年2ヶ月、スターバックスに先がけて、飲食業界最速で上場を達成。ベンチャーの新星タリーズコーヒージャパンの痛快サクセスストーリー。若き起業家の夢と情熱、普通のサラリーマンだった男になぜできたのか?
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
松田 公太
1968年12月3日母の故郷宮城県で生まれ、東京で育つ。1973年父親の転勤で、アフリカセネガル国へ。1978年一時日本へ帰国。その後父親の転勤で、米国マサチューセッツ州レキシントンへ。1986年帰国し筑波大学国際関係学類に入学。1990年三和銀行入行。1996年退行。1997年8月タリーズコーヒー1号店銀座店オープン。1998年5月タリーズコーヒージャパン株式会社を設立し、代表取締役に就任。2001年7月飲食業界最速で株式を上場(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1968年12月3日母の故郷宮城県で生まれ、東京で育つ。1973年父親の転勤で、アフリカセネガル国へ。1978年一時日本へ帰国。その後父親の転勤で、米国マサチューセッツ州レキシントンへ。1986年帰国し筑波大学国際関係学類に入学。1990年三和銀行入行。1996年退行。1997年8月タリーズコーヒー1号店銀座店オープン。1998年5月タリーズコーヒージャパン株式会社を設立し、代表取締役に就任。2001年7月飲食業界最速で株式を上場(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)